<懐かしい顔>
庵に戻ったヨルダ爺は、すぐさま天界の入国管理局長に面会し、異国の知人がお忍びで来ると伝えてゲスト許可証の発行を要請した。
局長も元を正せばヨルダの教え子であり、ヨルダには昔から随分と世話になった恩人でもある。今回の頼みも一も二もなく即座に了承し、ゲスト許可証を発行してヨルダに手渡した。
「すまんのう。わしにとって、この御仁は最も重要な友人なんじゃよ」
「いえいえ、お気遣いなく。老師から受けた恩を思えば、この程度はいかほどのことでもございません。むしろ、微力ながらお役に立てることは、この上ない喜びでございます」
局長は慇懃な言葉遣いで、喜びの表情を見せた。
「ふむ。ところで、このことはおぬし一人の心の中にしまっておいてくれんかの? わしの友人は本当にお忍びでな。妙な詮索をされると困るのじゃよ。万が一の場合は、すまぬがわしも黙ってはおられんようになるんでな。その点だけは知っておいて欲しいのじゃ」
淡々と告げるヨルダであったが、その言葉の重さに、局長は改めて身の引き締まる思いで低頭し、その言葉を受け止めた。
入国管理局を出ると、ヨルダは次に監視長の嘉助に連絡し、今から訪問したい旨を伝えた。嘉助も了解し、さらに「今来れば、懐かしい顔も見られますよ」と思わせぶりなことも言っていた。
そこでヨルダは、そそくさと身支度を整えると、再び人間界へと移動した。
* * *
ヨルダが嘉助の事務所にある、どこに繋がっているか分からないドアを開けて入ってくると、奥のソファに嘉助と杏子が座っていた。その前には一人の男の後ろ姿が見える。
ヨルダが奥へ進むと、背を向けていた男が立ち上がり、ヨルダの方を向いて丁寧にお辞儀をした。
「ヨルダ老師様、ご無沙汰しております」
その顔を見て、ヨルダも嬉しそうに歩み寄った。
「おう! ジンではないか。まことに久しいのう。活躍は常々聞いておったがな。会えて嬉しいぞ」
「珍しくジンが人間界に来たので、こちらから老師に連絡しようと思っていたんですよ」
と、嘉助が言う。
「そうじゃったか。ジンとは何百年ぶりかのう?」
「はい。確か328年ぶりかと思います」
「はっはっは。相変わらず記憶力の良い男じゃな」
ジンは「ネイチャーハンター」と呼ばれる、自然界の秘境探索を中心に活動しているハンターである。ランクはSと最上級であるだけでなく、ジン以外には踏み込めない秘境も数多い。霊界では知らぬ者はいないほどの偉大な存在であった。
嘉助と杏子は霊界学園時代の同期であり、老師にとっても忘れがたい教え子の一人だった。
ヨルダもソファに腰を下ろすと、嘉助が訪問の理由を尋ねた。
「そうじゃ、そうじゃ。ジンの顔を見て忘れるところじゃったわい」
「では、私は席を外しましょう」
ジンが立ち上がりかけると、ヨルダは良ければ一緒に聞いてほしいと引き止めた。
ジンが座り直すのを確認してから、リピウスが示した霊力封印システムについて説明を始めた。
「なるほど。老師の知り合いは、随分とシステム関連に詳しいようですね」
リピウスのメモを見ながら、嘉助も感心していた。
「それでな、わしも一度管理センターを訪問してみようと思うんじゃよ。封印システムに関しても聞いてみたいしな。まあ、連絡を入れたら所長は随分慌てておったようじゃがの」
「ヨルダ老師直々の連絡ですからね。所長じゃなくとも慌てますよ」
嘉助は少し愉快そうであった。
すると、ジンが同行したいと言い出した。
「人間界の管理システムを構築したのは、確かアリエル様でしたよね? ならば是非、私も同席させていただけませんか?」
「それは構わんが、ジンは時間をとれるのか?」
「はい。当分はこちらの世界にいる予定でしたから、問題ありません」
ヨルダはリピウス同行の件もあるので少し考え込んでいたが、(ジンなら恐らくリピウスとも相性が良いはずじゃ。ここで紹介しておいても良いじゃろう)と内心で判断した。
「なら、是非同行してもらえるとありがたいのう」
と、快く引き受けることにした。
「ジンのアリエル様信奉は相変わらずだな」
嘉助と杏子がニヤニヤしている。
ジンは元々自然界を愛しており、その創始者であるアリエルに傾倒していた。ハンターとして探索を進めていた際、偶然アリエルの遺物を発見して霊界を騒然とさせたこともある。それ以来、彼はますます探索に熱中していった。今までに発見した遺物は数知れず、その多くが天界アカデミーの博物館に展示されているほどだった。
「人間界の管理システムもアリエル様の遺物ですからね。私としては、是非ご一緒させていただきたいと思います」
ヨルダは、親友だったアリエルの面影を最も強く感じさせるジンと同行できることを、本当に嬉しく思っていた。
(リピウスに続いてジンまで同行してくれるとはな。これはもしかしたら、アリエルの導きなのかもしれんのう)
そう思うと、今までの心の霧が晴れていくようであった。
その後、ヨルダは嘉助と杏子に、今後全人類の封印が解除されることを前提に準備を進めるよう提案した。リピウスが渡してくれた「能力者の犯罪に対する無防備さ」を示す資料を提示し、早急にERIと共に対策を具体化することを勧めた。
これには嘉助と杏子の間でも意見が分かれたりもしたが、嘉助は大いに理解を示し、まずはERIと協力者たちに相談してみるということで話がまとまった。
この動きが、霊能力者による犯罪対策や、治安維持側に回る能力者への支援方針を固めていくことになる。
そして、この迅速な初動こそが人類滅亡の危機を防ぐ大きな布石となるのだが――それはまだ、先の話である。




