<霊峰への道>
あれほど霊昌石問題で頭を悩ませていたのに、ジンの発言とトンバの手土産に、その場は急に華やいできた。
杏子はケーキを持つと、「ここじゃ狭いから会議室に移ろう。そうだ! 飲み物も用意し直さないとな」と言ってサッサと会議室の方へ歩き出してしまう。
「杏子! 飲み物は俺の方で用意するから良いぞ」
リピウスが杏子の背中へ叫んだ。杏子は軽く片手を上げて、「了解」の合図をした。
その後はワチャワチャとみんなが会議室へと移動していく。
流石に嘉助は早く霊昌石の在りかが聞きたいようで、複雑な表情で会議室へと歩いていた。
みんなが会議室に入り、杏子が手際よくケーキを配りだすと、室内にワープゲートが開き、中からメイさんがワゴンを押して出てきた。
「ようメイ! 急に頼んですまないな」
リピウスが声を掛けると、メイさんはにこやかに微笑み返した。
一通りコーヒーを配り終えると、彼女は軽く会釈をして再びワープゲートへと消えていった。
みんなはそれぞれタルトケーキを味わいながら、ひと時雑談に花を咲かせた。特にトンバの話は面白く、暫し話の中心になっていた。
「でよ、意外かもしれないが、フランスの田舎料理が絶品でよ。あれは一度味わう価値が十分に有ったぜ。なあ、ジンもそう思うだろう」
トンバの振りにジンも答える。
「うむ。あれは素朴でありながら、実に味わいのある一品だったな。人間界に来て最も至福のひと時だったと言えるだろう」
いつもは料理など興味を示さないジンの言葉に、杏子を始め、その場の全員が頭の中にトンバお勧めの料理を思い浮かべて、思わず唾をのみ込んでいた。そんな中、半ば諦め顔の嘉助も不覚にも「どんな料理か」と思いを馳せてしまった。
少しの後、ようやく場が落ち着きを取り戻したところで、嘉助は本題に入ることが出来た。
「で、霊峰というのはどこの事なのかな?」
嘉助の声に、まずはリピウスが反応した。
「日本で霊峰と言えば富士山だけどな……」
その言葉を聞いて、ジンが後を受けた。
「富士山にも有るかもしれませんが、私の言っている霊峰はヒマラヤ・カラコラム山脈ですよ」
「ヒマラヤ!!!」
その場に驚きの声が響いた。
「ヒマラヤって、あの世界最高峰であるエベレストがある所だよな」
杏子も「私だって知っているぞ」とばかりに答えた。
「そうですね。でもエベレストではないですけどね。実はもっと過酷で、人類では到達も難しい山はまだまだ隠れているのですよ。霊昌石が有るのは、その中でも最も過酷な環境にある頂上近くの洞窟になりますね」
ジンがようやく詳しく説明しだした。
「まだ未踏峰ということかい?」
リピウスが聞くと、ジンは首を横に振った。
「いや、未踏ではないかも知れませんが、地元の人に聞いても、ほとんど外からの人が来たことは無いと言っていますからね。未踏に近い状態が今も保たれていると思いますよ」
「霊昌石があるのは、その霊峰だけということじゃな?」
ヨルダがケーキに満足したのか、だいぶ落ち着いた表情に戻ってきた。
「いや、他にも何カ所か有りますね。霊昌石の存在は、地球内の地脈に関係しているのですよ」
「地脈って、陰陽師とかで言う、大地の中を流れる『気の道筋』ってやつか?」
「リピウスは詳しいですね。日本では陰陽師等が地脈を大地のエネルギーとしてとらえ、研究をしてきたと聞いています。でも、陰陽師だけでなく、例えばチベット仏教でも同様に大地には聖なる力が宿っているとしていますし、ブータンでも聖地として守り続けていますね」
ジンの説明では、地脈とは霊気の流れであり、そこには自然とマナも集まって、霊気の循環が行われながら流れているという。
「霊昌石というのは、水晶が長い間霊気を吸収して変異したものですからね。地脈に沿って霊昌石が存在する可能性は、この人間界でもあるのです。まあ、自然界ほど多くはないですけどね」
さらに、人間界で霊昌石が少ない最大の原因は「人間の存在」だという。
「富士山も有力な地脈が通り、霊昌石誕生にも最適な環境なのですが、人間が多数訪れていますよね。言い方は悪いですが、人間は『穢れを纏う者』と言われており、霊気を汚染したり拡散したりしてしまうため、人間が訪れる地には霊昌石は誕生しないのです」
「やはり、人間というのは業の深い生き物ということじゃな。アリエルが言っていた意味が、今になって分かった気がするわい……」
ヨルダがしみじみと言う。
「ジンが知っている、他の場所はあるのか?」
嘉助が話を戻した。
「そうだね。まだ確認はしていないけど、多分ギアナ高地なら有ると思うな」
「あそこも人類が簡単には踏み込めない土地だからね」
リピウスの言葉に、ジンも頷いた。




