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<メイさん騒動、再び>

交渉は最初から暗礁に乗り上げてしまった。リピウスは珍しいくらい、イライラとした顔を隠そうともしない。

嘉助から提示された資料を手に、ヨルダ爺は再度内容を確認していたが、ふと思い至ったように嘉助へ質問を投げた。


「嘉助の案を見ると、リピウスには監視員用の社宅を提供し、そこを登録住所にすると書いてあるが……これはどういうことかな?」

「はい。老師から『リピウス』として協力者になる方向を提示されていましたから、本来の住まいではなく、我々が用意した社宅を公的な住所にすれば良いと考えました」

「ふむ、それは名目上だけかの? それとも実際にリピウスが自由に使えるということかの?」

「もちろんです。完全に自分の家として、自由に使ってもらって構いませんよ」


「……でも、社宅にいる時だけスマホを携帯、ってわけにはいかないんだろう?」

リピウスはまだ不満そうに口を尖らせている。

すると、今まで黙って推移を見守っていた杏子が口を開いた。


「なあ嘉助。社宅の一室を提供するんだったら、毎日朝と夕方の定時だけでも、連絡が取れるようにするってのはどうだ?」


嘉助は目を閉じ、慎重に検討を始めた。だが、先に反応したのはリピウスだった。

「そうか! 完全ではないけど、ある程度常時連絡する方法ならあるな。うん、これなら面白いかも」

リピウスは「なるほど、なるほど」と独り言を漏らしながら頷いている。


「おい! またお前、変なこと考えてるんじゃないだろうな?」

デュークの脳内で「リピウス警報」が鳴り響き始めたようだ。

「いや、メイさんに詰めてもらっていれば、かなりの確率で連絡は取れるようになるぞ」


「「……メイさん?」」

嘉助と杏子が同時に身を乗り出した。


「メイさんというのは、リピウスさんのご家族の方ですか?」

「いや、俺は天涯孤独の身の上だからな。もう家族はいないぞ」

「では、彼女とかか?」

杏子が興味をそそられたのか、さらに食いつく。

「いや、メイさんはヨルダ爺の義体だぞ」


「「……へっ??」」

再び、嘉助と杏子が奇妙な声を上げた。

デュークとヨルダ爺は(あちゃー!)という顔をして、額に手を当て天を仰いでいる。


「……どうも言っている意味が分かりませんね」

しばしの沈黙の後、嘉助は助けを求めるようにヨルダ爺を見つめた。

「あ、うん。その、じゃな……」

ヨルダ爺も、どう説明したものか答えに窮している。


するとリピウスが立ち上がり、ソファの横に移動した。

「もう、実際に見てもらった方が早いよね」

そう言って、空間から「ドア」を取り出し、扉を開いて中へ声をかけた。

「セバス! メイ! ちょっと来てくれ」


嘉助と杏子が魅入られたように開いたドアを注視していると、そこから二人の姿が現れた。

リピウスの横に整列すると、男の方が口を開いた。

「私は執事のセバスチャンと申します。隣に居るのはメイドのメイにございます」

二人は、非の打ち所がない優雅な所作で一礼した。


「お、お前……執事とメイドなんか雇ってるのかよ! 実は凄い大富豪だったんだな!」

杏子が驚きのあまり立ち上がって叫んだ。

しかし、リピウスはそれに答えずドアを閉じ、ソファに戻った。セバスとメイさんもソファの後ろへと移動し、主を護るように控えた。


「そちらの方々は……」

嘉助が、やっとの思いで声を絞り出した。

「だから、ヨルダ爺から借りている義体だって。無職の独身男が執事やメイドを雇えるわけないだろう」

リピウスはあっさりと言い切る。


「なるほど……つまり、老師の従者を借り受けているということですか?」

嘉助はまだ呆然としながらも、懸命に思考を繋げた。

「いや、わしの従者はデュークだけじゃよ」

「そうそう、これはヨルダ爺の『義体』なんだって」


嘉助と杏子は完全に理解不能といった体で、セバスとメイの顔を交互に見つめている。

「これ、リピウス。もう少し分かりやすく説明せんか」

ヨルダ爺に催促され、リピウスは頭を掻きながら、

「だってよ、この人たちに説明して理解できるかなぁ?」

「いやいや、仕組みとかを詳しく説明したらダメだぞ! あれはおいらたちの精神を破壊するからな!」

デュークは以前の混乱を思い出したのか、ブルブルと体を震わせた。


「しようがないのう。わしから説明するかの」

ヨルダ爺の解説を、嘉助たちは黙って聞いていた。話が進むにつれ、ようやく得心がいったのか、二人の表情もわずかに和らいでいく。


「つまり……そちらは老師がお貸しした義体で、その中にリピウスさんが霊力を使って『疑似魂魄』を入れて動かしている、ということですか?」

「おう、そうじゃ! そういうことじゃよ!」

嘉助に正しく伝わり、ヨルダ爺は嬉しそうに頷いた。


「疑似魂魄? なんだよそれ、そんなの聞いたことないぞ」

杏子はまだ納得いかないようで、激しく首を振っている。

「うーむ……。僕も随分と霊力の研究はしてきたつもりだけど、疑似魂魄を作成できるなんて話は聞いたことがないね」

嘉助も、理屈はわかっても疑心暗鬼の状態だ。


「わしら霊界人の常識では理解できんじゃろうな。これは、人間界の最新テクノロジーを霊力に適用したものじゃからな」

ヨルダ爺は、なぜか自分のことのように自慢げに胸を張る。

「最新テクノロジー、ですか……」

「そうだぞ。人工知能(AI)技術は、人間界でも最先端の技術だからな」

リピウスはここぞとばかりにドヤ顔を決めた。


「「……人工知能(AI)!」」

みたび、嘉助と杏子の声が重なった。

そして、事務所には再び、重く長い沈黙が流れた。

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