<C国は怪しい>
リピウスは未だに、あの日の光景を忘れられずにいた。
ダーズリー卿を前にして、指一本動かすことさえできず、ただ圧倒されていた自分の姿を……。
(本来、俺の方が絶対に霊力は上のはずなんだ。なのに、奴らを前にすると何もできなくなってしまう。なぜだ? それが上級悪魔の固有能力なのか?)
以前、ヨルダ爺からは「上級悪魔は人間を魅了し、下僕として使役することすらある」と聞いている。
リピウスもまた、あの時ダーズリー卿に魅了され、精神を掌握されていたというのだろうか。
(いや、それはあり得ない。だが……やはり、魂の根源的な部分で何かしらの影響を受けているのは間違いないだろうな……)
その敗北感を払拭すべく、リピウスはメイとセバスを相手にした過酷な戦闘訓練を継続していた。
既にセバスとは、霊力出力を「50万」まで引き上げて切り結んでいる。
当然、50万もの負荷にリピウスの生身の肉体は耐えられない。そのため、霊体離脱をしてセバスの予備義体を用いての訓練だ。しかし、同じ仕様の義体でありながら、やはり思うような動きには至らず、セバスには未だ全敗中であった。
戦闘訓練の合間には、再び世界情勢、特に「能力者」と「悪魔」に関する情報収集を進めていた。
一時は落ち着きを取り戻したかに見えた世間だが、最近はまた悪魔に関する不穏なニュースが目立ち始めている。
ネット上では、悪魔のことを『呪霊』と呼ぶのが一般的になっていた。
某人気アニメの影響だ。巷で目撃された下級悪魔の醜悪な姿が、アニメの呪霊そのものだったことから、日本のみならず世界中でその呼称が定着しつつあった。
その点では、池袋でリピウスが戦っていた動画も一役買っているのかもしれない。
何しろ「悪魔」と「霊能力者」が1対1で激しく激突する映像は、あの時に隠し撮りされたもの以外、世界に存在しないのだ。しかも、相手が上級悪魔であったため、見た目の醜悪さが薄く、特殊能力が火花を散らす応酬が鮮明に映し出されていた。
それが「呪霊対霊力使い」という構図として、一般大衆に受け入れやすかったのだろう。
そんな中、リピウスは「ERIがC国との取引を停止し、現在は国際法廷で争っている」というニュースをキャッチした。
C国と言えば巨大な国家であり、世界でも1、2位を争う人口を抱えている。近年は文明度も飛躍的に向上し、米国と覇権を争うまでの存在だ。
それほどの規模であれば、能力者犯罪も多いはずだし、悪魔の発生も決して少なくはないだろう。
それなのに、この重要な時期にERIとの関係を断絶するのは、あまりに不自然だと言わざるを得ない。
リピウスは、C国内の情報収集に重点を置くことにした。
C国は情報統制が極めて厳しく、通常の手法では内部情報を得ることは叶わない。しかし、リピウスならば霊力を用いてネットワークに直接アクセスできる。一般には公開されていない、深い階層の情報まで吸い上げることが可能だった。
調査の結果、予想以上に「能力者によるもの」と見られる犯罪が多発していることが判明した。警察組織内でも、高レベルの能力者を増員すべく、半ば強引な対策が行われているようだった。
また、悪魔の発生数もやはり多く、関連した被害報告は相当な数に上っている。しかし、それらは国家機密として厳重に管理されているらしく、SNSに書き込まれても即座に削除されるため、国内で大きな騒ぎにはなっていないようだった。
さらにリピウスは、禁断の「奥の手」を使い、C国政府の基幹システムにまで侵入。最高機密の内部情報を入手した。
そこで分かったのは、C国が独自の技術で、ERIから提供されていた「霊力関連装置」を自国製造できるようになったという驚くべき事実だった。
ERIが提供していたのは、犯罪者用の「能力無効化装置」、簡易的な「鑑定装置」、そして「霊力探知機」の3つだ。
C国はそれらと同等の装置を独自開発したと報じていた。さらに現在は、より高度な「詳細鑑定装置」まで試作し、テスト運用中だという。
だが、これらの情報は国内の一部にのみ明かされたもので、国際的には徹底して秘匿されていた。
(やはり、自国製造を始めていたのか……)
リピウスは納得しかけた。が、即座に一つの矛盾に思い至った。
それらの装置には霊界の高度な技術が使われており、機能の中核は、霊晶石に封じられた「霊力」そのものにある。
つまり、高純度の霊力を安定して封入できる技術者がいなければ、製造は不可能なはずなのだ。
そして、仮に装置を無理やり分解すれば、霊晶石内の霊力は霧散して消失するよう設計されている。現時点の人間側の能力者で、それを模倣できるとは到底考えられなかった。
(……怪しいな)
リピウスは、C国の背後にある「何か」を暴くべく、さらに深く潜入する決意を固めた。




