<意外な結末>
何とかこじつけでもいい、何か指摘できる点はないか――。
血眼になって資料に目を通していたジャネットの指が、ある「契約停止通達」の箇所で止まった。彼女は即座にコスタを呼び出し、説明を求めた。
「ああ、これですか。相手側が契約違反を犯した事案ですよ。再三警告したのですが、最終的には向こうから『契約を破棄する』と言い出してきたんです」
「具体的な違反行為とは何だ?」
ジャネットが鋭い眼光で問いただす。
「我々が貸与した機器を、あろうことか分解・解析しようとしたのですよ」
コスタは柳に風と、彼女の視線を軽く受け流した。
「分解・解析だと?」
「ええ。向こうは『落として壊れたから直そうとした』なんて苦しい言い訳をしていましたがね。返却後に確認したところ、明らかに故意に分解した痕跡が判明しました」
「……霊界の技術が漏洩したということか!」
ジャネットは内心、これを突破口に情報漏洩の罪を突きつけようと色めき立った。しかし、コスタの回答は期待外れなものだった。
「いいえ。漏洩なんてしませんよ。我が社の機器は、分解を検知した瞬間に機密部分が解析不能になる仕様ですから。結局、奴らは何も分からず、機器も使えなくなり、後から泣きついてきたというわけです」
「そ、そうか……。なら、漏洩の事実はなかったということだな」
「はい。断言できますね」
「一応確認するが、契約停止した国家はいくつある?」
「現在は一ヵ国だけですね。停止を通達した途端、こちらに非があると言い張って破棄を申し入れてきました。全く、あそこは無茶苦茶ですよ。現在は未返却機器の返還請求と損害賠償を、ERI事務局から行っています。おそらく国際法廷まで行くことになるでしょう」
「はぁ……分かったわ」
ため息混じりに、ジャネットはコスタを下がらせた。
(どうする……。このまま手ぶらでは帰れんぞ)
焦燥に駆られる彼女をよそに、配下の捜査官たちは完全にご帰還モードに入っていた。
やむなくジャネットはERIの捜査を完了とし、次は嘉助の事務所へ矛先を向けた。
翌日から嘉助の事務所に移動し、監視員の記録や収支報告の精査が始まった。
だが、ここでも捜査は難航した。監視員たちが入れ代わり立ち代わり絶品の手土産を持ってくるわ、夜になればロサンゼルスを凌駕する高級レストランで歓待を受けるわで、現場はもはや捜査どころではない。
世界が注目する日本の食文化の前に、初心な捜査官たちは瞬く間に陥落していった。
(ダメだ……。こちらでも、何一つ問題点が見いだせない)
ついにはジャネット自身もグルメ攻勢に胃袋を掴まれ、戦意を喪失し始めていた。
それでも執念で各国の視察を提案したり、ERIが取引停止した国への追加調査を検討したりと足掻いたが、結局不審な点は何一つ発見できず、無為に一週間を費やしただけであった。
失意の中、ジャネットは全ての捜査を完了させ、霊界への帰還を決めた。
別れ際、嘉助と杏子が妙にニヤニヤしていたのが気にかかったが、これ以上の滞在は無意味だと判断し、報告書をまとめて人間界を後にした。
そして副総監に報告すべく公安庁へ足を踏み入れた瞬間、上司に呼び止められた。
「あ、ジャネット君! ご苦労だったね。いやあ、君が巻き込まれていなくて本当に安心したよ」
上司は何故かホッとした、晴れやかな表情で話しかけてきた。
「え……?」
状況が飲み込めず、ジャネットは固まった。
「副総監が収賄容疑で逮捕されたんだ。現在は幽界に収監されている。つい先日の話だよ」
「……っ!」
「君が副総監の密命で人間界に行っていたと聞いていたから心配したんだがね。監視長の嘉助さんが『彼女は非常に誠実に仕事をしており、副総監の収賄には関与していないはずだ』と証言してくれてね。あ、これが報告書かな? 私が預かって提出しておこう」
そう言って報告書を受け取ると、上司はジャネットの肩をポンと叩いて去っていった。
提出した報告書の内容も、結果的に彼女の立場を救った。副総監への忖度が微塵もない、あまりに「公正」に見える調査結果だったからだ。
こうしてジャネットの野望は儚く幕を閉じた。
しかし、彼女にとっては、これ以上ないほど幸運な結末だったと言えるだろう。




