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<公安庁からの使者>

池袋事件から1ヶ月。未だに犯人と目される高校生は発見されず、流石に事件がニュースを賑わすこともなくなった。

そんなある日、嘉助の事務所に霊界からの「来客」があった。


「嘉助はいるか?」

事務所の隅にある、通常は使われない扉を開けて入ってきたのは、茶髪で長身の女性だった。

黒のスーツに銀縁の眼鏡。髪を後ろにタイトに束ね、いかにも「デキる女」といった風情を醸し出している。


「ん? 君は?」

嘉助はソファで杏子と打ち合わせ中だったようで、面倒臭そうな表情で女性を振り返った。杏子も怪訝そうに視線を向ける。


「あんたが嘉助だね。私は公安のジャネットだ」

「公安? なんで公安がわざわざ人間界に来るんだい?」

杏子は「公安」という言葉を聞いた瞬間、嫌悪感を露わにしてジャネットを睨みつけた。


かつて天界の聖騎士団・第1隊長だった杏子は、公安の不当な捜査によって嘉助と共に冤罪を着せられ、人間界の監視員へと降格させられた苦い過去がある。既に冤罪は晴れ、天界籍も回復しているが、二人はあえて戻らず、この地で監視員を続けていたのだ。


「上からの命令さ。ちょっとあんたらに『嫌疑』があってね」

「僕たちに嫌疑? 何かの間違いじゃないかな」

嘉助は相変わらず、とぼけた表情で応じる。


「いいや。天界からの報告を元に、公安が動いているんだよ」

そう言って、ジャネットは嫌疑の内容を突きつけた。

最近、嘉助たちがERIと共謀し、人間界の混乱に乗じて霊界の重要技術や資源を横流しし、不当な利益を得ているという密告があったというのだ。


「で、副総監からの直々のご指名で、あたしが来たってわけさ」

ジャネットは「直々のご指名」という部分を強調し、見下すような視線を向けた。


「ちょっ……ちょっと! なにふざけたことを言ってるんだ。あたしたちのおかげで、人間界の混乱が最小限に抑えられてきたんだろうが!」

杏子が勢いよく立ち上がり、ジャネットを睨み返した。ジャネットも長身だが、立ち上がった杏子はさらに背が高く、騎士団仕込みの体格も相まって迫力が違う。


流石のジャネットも少し気圧され、半歩後ずさりした。だが、すぐにキッと杏子を睨みつけ反論する。

「それが『方便』だって疑われているんだよ! それにあんたらは、規定以上に人間に深く関与しすぎて、情報漏洩を招いているって嫌疑もあるんだからね」


杏子がさらに一歩踏み出し、ジャネットに詰め寄ろうとしたその時、嘉助から静かな声がかかった。

「杏子。下がりなさい」


その一言で、杏子は不服そうな顔をしながらも嘉助の横へと退いた。しかし、その眼光は鋭くジャネットを射抜いたままだ。


「あー、ジャネットさんだったね。ごめんね、杏子は気が短いんだ。でも、君も少し態度が横柄すぎやしないかい? これでも僕らは『天界籍』なんだよ」


嘉助と杏子の戸籍は、最上位の「天界人」。対してジャネットは「霊界籍」。この差は、霊界という階級社会において決定的な重みを持つ。


「あ、うん……まあ、そうですね。ちょっと私も言い過ぎたようです」

天界籍という言葉を聞いた途端、ジャネットは露骨に言葉を選ぶようになった。


「うん、分かってくれればいいよ。で、僕らを調査に来たっていうんだね?」

「そうだ……そ、そうです」

完全に調子を狂わされ、ジャネットは話しづらそうに視線を泳がせた。


「まあ、こちらに座って落ち着いて説明してよ。あ、杏子はお茶の用意を。確か『月風堂』の美味しいお菓子があったよね、あれを出してくれるかな?」


嘉助はジャネットをソファへ招き、杏子をお茶出しに回して場を落ち着かせた。

その後は、嘉助が上手く彼女の功名心をくすぐりつつ、持ち上げたり、時には静かに釘を刺したりしながら、完全に嘉助のペースで対話を進めていった。


ジャネットは公安庁のエリートコースにはいるが、まだ格は下。早く手柄を立てて天界への道を切り開きたいと焦っていた。そんな折、副総監から直々に指名され、勇んで人間界へ乗り込んできたのだ。


公安庁とは、いわば霊界の警察庁。本来は天界・霊界・幽界内の犯罪を取り締まる組織であり、人間界に姿を現すことは稀だ。人間界のトラブルは通常「霊界警備隊」の範疇である。


だが、今回は「霊界人である監視員」への容疑ということで公安が動いた。

もっとも、公安庁の重職たちは人間界を見下しており、ここへ来ること自体を嫌悪している。そのため、命令を出した副総監もやむを得ず、まだ下っ端管理官であるジャネットを指名したという経緯があった。


そのあたりの事情は、嘉助にはとうに見透かされている。

あとは彼女を手のひらの上で転がすだけであった。

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