<突入!>
ギーッ、と杏子が重いドアを開けた。中は漆黒の闇だ。
杏子は義体の視覚を暗視モードに切り替え、迷わず踏み込む。舞たちも暗視ゴーグルを装着してそれに続いた。
室内にはムッとするような悪臭が漂っている。化学兵器用の防護服越しですら鼻を突くその臭いに、全員が顔を顰めた。
バーカウンターや椅子が残る室内の奥から、グチャグチャと何かを咀嚼する音が聞こえてくる。悪魔が犠牲者を喰らっているのだ。
悪魔は血塗られたようなブヨブヨの体に短い手足が生え、まるで潰れたウシガエルのような醜悪な姿をしていた。その傍らには、引き千切られた二人分の手足が転がっている。
杏子は念話で舞たちに伝えた。
『準備ができたら合図しな。あたしがライトで奴の目を眩ませる。その隙に叩くんだ』
舞が杏子の前に出て盾を構える。その後ろに4人が展開し、悪魔へ狙いを定めた。
その時、悪魔も侵入者に気づき、顔を上げてこちらを向いた。
舞が右手を上げ、鋭く合図を送る。
杏子が閃光弾を天井に向けて放った。
「グギャァーーッ!」
悪魔が眩しそうに顔を覆い、悲鳴を上げる。
その隙を逃さず、隊員たちが一斉に射撃を開始した。
彼らの武器は銃だが、弾丸は霊力で強化されている。下級悪魔なら確実に撃ち抜ける威力だ。
4人の攻撃が悪魔を蜂の巣にし、片腕と片脚が吹き飛び、胴体に大きな穴が開く。
「グギギギギィィ……!」
のたうち回る悪魔だったが、欠損した部位は瞬く間に再生し、体の穴も塞がっていった。
「攻撃を止めるな! 魔核を狙え! それ以外はすぐに再生されるぞ!」
杏子が叱咤する。
だが、隊員たちは悪魔の異形と再生能力に圧倒され、魔核を感知する余裕を失っていた。恐怖から乱射するものの、弾はまともに当たりもしない。
そこへ、悪魔が大きく跳躍して襲いかかってきた。
口から毒液を吐き散らし、塊となって先頭の舞へ突っ込む。
舞は盾を掲げ、バリアを最大展開して真正面から受け止めた。
ドォォン! と重い衝撃が走るが、舞は一歩も引かずに悪魔を抑え込む。
周囲に毒液と粘液が飛散し、後方の隊員たちにも降りかかる。
「うわあああああ!」
極限の恐怖に耐えきれず、一人の隊員が出口へと逃げ出した。他の隊員も戦意を喪失しかけている。
しかし、舞はがっちりと悪魔をバリアで封じ込めていた。
「魔核は腹部右! そこに攻撃を集中させて!」
舞が叫ぶと同時に、盾で悪魔を力強く弾き飛ばした。
その声で正気に戻った残りの3人が、一斉に連射する。
凄まじい銃声が響き渡り、弾丸が悪魔の腹部を抉っていく。そのうちの一発が、ついに魔核を貫いた。
パキッ、という乾いた音が響く。
途端に悪魔の動きが止まり、その巨体が崩れ始めた。
悪魔の体は腐った泥のように床へ広がり、その中から薄っすらと光る6つの小球が浮かび上がった。それはフワフワと上昇し、そのまま天井へ吸い込まれるように消えていった。
『……あれは、何ですか?』
舞が念話で問いかける。
『悪魔に取り込まれていた霊魂の欠片だよ。悪魔自身の魂と、食われた5人分……合わせて6つだね』
「……そうだったんだ」
舞は小さく呟くと、静かに両手を合わせて祈りを捧げた。
「舞、あたしたちは引き上げるよ。あとは任せたからね」
杏子はそう言い残すと、颯爽と部屋を出ていった。
「ありがとうございました!」
舞はその背中に向かって、深く敬礼を送った。
その後、特殊犯罪対策室の回収班が到着し、悪魔の死骸と被害者の遺留品を回収した。洗浄と消毒が徹底され、悪魔の痕跡が完全に消されたところで撤収作業は完了した。
舞たちは引き継ぎを終え、本部へと帰還する。
途中で逃げ出した隊員は、ビルの外で見張りの監視員に止められ、力なく座り込んでいた。
彼もまた、重い沈黙の中で舞たちと共に車に揺られた。
こうして、舞の「初悪魔討伐」は幕を閉じたのである。




