<変わりゆく世界で>
ここは日本の監視員本部。
嘉助は事務所の監視長席で椅子に深く体を預け、考えに耽っているようであった。
(……もう半年が過ぎたのか)
そう思うと、感慨深いものがあった。
この半年間は、嘉助たちにとっても地獄のような毎日だった。
それなりに準備はしてきたつもりだった。霊界に働きかけ、多少強引な手を使ってでも多くの資材を人間界に回させ、人間に使用させる許可まで得ていた。それが功を奏し、想定よりは迅速に対応できたと考えている。
ERIと協力者たちも、嘉助の期待以上に働いてくれた。
一番の懸念だった各国首脳も、「目覚めの日」に起きた大惨事を目の当たりにして即座に動き出した。これによって、早期の鎮静化へと舵を切ることができたのであった。
しかし、嘉助たちの負担も想像以上に大きかった。
「嘉助ぇ……」
ヨタヨタと頼りない足取りで、杏子が事務所に入ってきた。流石の彼女も疲れ切り、ヘロヘロの体だ。
「ご苦労様、杏子」
嘉助は体を起こし、相棒を労った。
「もうダメ。絶対ダメ、もう休む。誰が何と言っても休むからな……」
そう言い捨てて、杏子は応接用のソファに倒れ込んだ。
「はいはい。だいぶ落ち着いてきたんだ。少しは休めるだろうよ」
嘉助は苦笑いしながら、泥のように眠り始めた杏子を見守った。
* * *
~ 天界・システム管理センター ~
あの事件以降もシステムの点検は続けられたが、ついに「原因」らしき痕跡は見当たらなかった。
システムは嘘のように、あれ以来安定稼働を続けている。ただ唯一変わったのは、あの日から霊力封印の設定が「霊力使用率100%」に固定されてしまったことだ。
また、人事面では上層部が総入れ替えとなった。
所長と副所長は事態の責任を取って降格、他部署へ転属となった。もっとも、二人の就任以前から潜在していた問題であると認識され、処分は比較的軽いもので済んだ。
一方で、問題を認識しながら隠蔽していた運用管理部長とメイン担当者2名は、懲戒免職および幽界での禁固刑という重い処分が下った。
現在は他部署から新しい所長・副所長が配属され、あの調査を率いたチーフエンジニアが運用管理部長に昇進した。
新所長の人選に関してはヨルダに対し、「システムの問題を鋭く指摘した、あの知人エンジニアをぜひ抜擢したい」と熱烈に求めてきたが、ヨルダはその存在を煙に巻くのに大変な苦労を強いられた。
* * *
~ 天界・四仙会の演説 ~
「皆さん! 今回の人間界での異変を見てどう感じられたか! 我々は何度も警告してきました。しかし、我々の声を無視した者たちが、このような悲惨な事態を招いたのです!」
聴衆から沸き上がる歓声を制するように、四仙会の議員たちは言葉を強める。
「しかも、これで終わったわけではない! 人間界の人口問題は放置され、霊界の失業問題も解決の兆しがない。再度、我々に力をお貸しください! 四仙会は必ずや、皆様の声に応える改革を成し遂げる所存です!」
ひときわ大きな歓声が上がる。
(ふふふ。これで次の選挙では2倍、いや4倍の支持を得られるだろう。その時は……)
* * *
~ 人間界・悪魔たちの洞窟 ~
一方、ある洞窟内では、不満を募らせる悪魔たちがいた。
「おい! どうなってるんだ。半年経っても何も始まらないじゃないか」
「それどころか、最近じゃ混乱も収まってきているじゃないの」
「あーもう、やってられないわ。アタシたちが直接引っ掻き回してやりたいわよ」
「まあまあ、まだこれからですよ。もう少し……」
「うるさい! その『もう少し』ってのを何度待たされてるんだよ!」
「ふん。わしは800年も待っていたんだ。さらに1年や2年待たされたところで、どうだと言うのかね?」
最後はダーズリー卿の冷徹な一言に、悪魔たちの不満も一旦は収まったようだった。
* * *
~ リピウスの自宅 ~
その頃、リピウスは小さな庭の手入れをしていた。
「ホイ!」「ホイ!」と軽やかなテンポで掛け声をかけながら、何やら作業をしている。
その傍らでは、お隣の小学生になった男の子が、興味深げにしゃがんで見つめていた。
そこにお隣の奥さんが出てきた。男の子は母親に駆け寄り、「ねえねえ、お隣のおじいさんが変なことをしてるんだよ!」と手を引っ張った。
奥さんは「変な」という言葉に反応し、子供を目で叱りながら、リピウスと目が合うと愛想笑いで会釈をした。
リピウスも笑顔で挨拶を返したが、その間も作業の手は止めない。
彼が手のひらをスッと上に動かすと、庭のドクダミが地下茎ごとスルスルと土から抜け出し、横に置いたビニール袋の中へ吸い込まれるように入っていった。
「あら? ドクダミ退治ですか?」
流石に奥さんも、その光景に気づいたようだ。
「ええ。この時期に根絶やしにしておかないと、これから繁茂して大変ですからね」
笑いながら答える間も、ヒョイヒョイとドクダミが袋の中に溜まっていく。
それを見て、男の子が「ねえ、お母さんもあれやってみてよ!」とねだったが、奥さんは苦笑いするしかない。
「そうね……。今度おじいさんにやり方を教わってからね」
そこには、どうにも平和な日本のひとときが流れていた。




