第95話:「みのり、心の“アルバム”を編みはじめる」
春が、静かにやってきた。
窓の外には淡い桜色が揺れていて、どこか懐かしい匂いが風に混じっていた。
朝の光に照らされながら、私はゆっくりと布団から体を起こす。
背後には、いつものように“もち”が丸まって眠っている。
小さく、安らかな寝息。
それが、私の一日の始まり。
「おはよう、もち」
声をかけると、もちの耳がぴくりと動いた。
眠っているのか、起きているのか。わからない。
けれど、私はそれだけで安心する。
この頃、もちの体調はだいぶ安定してきている。
慢性腎臓病と診断されたときは、胸が潰れるような気持ちだった。
もう、この小さな命が限られているのだと突きつけられた瞬間、頭の中が真っ白になった。
だけど、もち自身は、まるでそんなこと気にしていないみたいに、日々を穏やかに過ごしている。
もちろん、処方食には不満たらたらな顔をしていたけれど……。
私は、そんなもちの背中にそっと手を置いた。
ぬくもりは、ちゃんとそこにあった。
体温、呼吸、命――。
このぬくもりが、どれほど大切なものか、私にはもう痛いほど分かっている。
その日、私はひとりで近所の文房具屋さんに行った。
目的は、アルバムを買うためだった。
本棚の奥にしまっていた、たくさんの写真データと動画データ。
スマホやクラウドには収まりきらない、
もちとの思い出がぎっしりと詰まっていた。
けれど、それをちゃんと形にして残していなかったことに、ふと気がついたのだ。
「ちゃんと、アルバムにして残しておこう」
言葉にすると、なにか特別な決意みたいなものが、胸の奥に生まれた。
店内をぐるぐると歩き回って、私は少し大きめの、白地に猫のワンポイントが刺繍されたアルバムを手に取った。 柔らかい風合いの表紙。しっかりした作り。なんとなく、「これがいい」と思った。
その隣には、色とりどりのマスキングテープや、ふせん、ペン、シールが並んでいた。
――もち、こういうの、似合いそう。
気がつけば、私はカゴいっぱいにデコレーション用品を詰め込んでいた。
午後。
リビングのテーブルいっぱいに広げた写真の山。
赤ちゃんのように小さく丸まっていた頃。
初めてちゅ~るを食べて、感動のあまりフリーズしていた頃。
商店街のイベントに出演して、ちょっと戸惑っていた横顔。
初めての旅館、露天風呂で足だけつけていた姿。
そして、動画でバズって、私よりも有名人(有名猫?)になった時代。
どれもこれも、色褪せない記憶ばかりだった。
私は一枚ずつ、アルバムに貼っていった。
ペンで、小さなコメントも書いていく。
《2017年2月:我が家に来た日。ちょっと震えてたけど、すぐゴロゴロ鳴らしてくれた。》
《2018年5月:イベント出演! まさかのテレビカメラ登場で、私が緊張して吐きそうに。もち、なぜか落ち着いてた。》
《2018年9月:家族旅行(?)初体験。露天風呂に一緒に足だけつけた夜。星が綺麗だったなあ。》
コメントを書いていると、自然と笑いがこぼれる。
時々、涙もこぼれる。
でも、不思議と苦しくはなかった。
むしろ、心があたたかくなるばかりだった。
もちとの日々は、いつだって笑いと、優しさと、ちょっとしたドタバタに満ちていた。
それを今、こうして一枚一枚“かたち”にしていくことが、私にとって必要な作業だった。
「もちとのアルバムは、私の心の避難所かもね」
ぽつりと呟くと、さっきまでぐっすり寝ていたもちが、ふしぎそうに私を見つめていた。
「なんにゃ?」
そんな声が聞こえたような気がして、私は思わず笑った。
「大丈夫、もちの寝顔も、ちゃんと載せておくから」
夜。
全ページを埋めきるには、まだまだ時間がかかりそうだったけれど、それでいいと思っている。
このアルバムは、たぶん“完成しない”のがちょうどいいのだ。
毎日少しずつ、思い出を追加していく。
新しい日々の欠片を、そっと織り込んでいく。
まるで編み物のように、記憶を一目一目重ねていく作業。
それが、私にとっての“未来”につながる気がするから。
ソファに並んで座るもちに、私は静かに語りかけた。
「ねえ、もち。私、あなたと暮らせて、本当に幸せだよ」
もちは、ごろりと体勢を変え、私の膝の上に重たい体を預けてきた。
じんわりと伝わるぬくもり。
まるで、「吾輩もにゃ」と言っているみたいだった。
私はそのぬくもりを、そっと両手で包み込んだ。
これからも続く日々のなかで、もっともっと、心のアルバムを編みつづけよう。
いつかその糸が切れてしまう日が来たとしても、私たちの想い出は、きっとどこかで繋がりつづけているから。
静かな夜だった。
窓の外では、桜の花びらが、ひとひら、またひとひらと舞っていた。




