第94話:「もち、今ある幸せをじっくり味わう」
ふあぁ……朝日が窓辺を撫でるように差し込んでくるこの時間帯、吾輩にとっては“黄金のまどろみタイム”である。
あ、申し遅れたが、吾輩は「もち」。
この家の主であり、ふわもこ担当であり、ご主人・みのりの癒やし係でもある。
最近、少しだけ世界のスピードがゆっくりに感じるようになった。
前みたいにキャットタワーを一気に駆け上がったり、ちゅ~るの袋に飛びかかったりする気力が減ってきた。
食後はすぐ眠くなるし、窓辺で鳩を見つめていても、ついまどろんでしまう。
これが“老い”というやつか。ふむ。まあ、悪くない。
むしろ、今の暮らしはなかなかに贅沢である。
たとえば――
朝。ご主人が「おはよう、もち」と声をかけてくれる。
寝起きで髪はぐしゃぐしゃだけど、あの顔が見えるだけで、吾輩の一日は安心して始まる。
背中を撫でてくれる手は、ほんのりあたたかくて、少しだけ不器用だ。でも、それがいい。
そして朝ごはん。最近は腎臓ケアのために“処方食”という特別メニューを出されている。
最初は「何じゃこの味は!?」と皿をひっくり返しそうになったが、ご主人が毎朝「ほら、体にいいんだよ~もち~」と、まるでデートに誘うようなテンションでスプーンを差し出すので、つい根負けしてしまう。
慣れとは恐ろしい。今では「まあ、これも悪くないにゃ」と思うまでになった。
午前中は、だいたいリビングの窓辺で日向ぼっこ。
ぽかぽかの陽射しに包まれて、ふと目を閉じると、昔の記憶がぼんやり浮かぶ。
――寒い冬の段ボール箱。凍える夜。遠ざかる足音。
……そんな中、あのときご主人が、吾輩を見つけてくれた。
しゃがみこんで「……ねえ、きみ、大丈夫?」って、あの声が確かに吾輩を救った。
それ以来、吾輩の世界は変わった。
あの日から、ご主人と暮らす日々はどれも宝物だった。
動画に出たり、ちゅ~る食べたり、有名になったり、旅にも行ったし、イベントも出た。
だけど、今になって思う。
ほんとうに大事なのは、テレビに映ることでも、拍手を浴びることでもない。
それは“ここ”でこうして一緒に過ごしているということ。
午後、ご主人が帰ってくると、まずは吾輩にただいまの儀式がある。
しゃがんで、額をそっとくっつけて「今日もお留守番ありがとう」って言ってくれるのだ。
吾輩はそれに応えて、静かに喉を鳴らす。
すぐに動けない日もあるが、それでもちゃんと心で言っているつもりだ。「おかえりにゃ」と。
夜は、最近はあまり遊ばなくなったけど、ふたりでソファに座って過ごす時間が好きだ。
みのりが何か読んでるとき、吾輩はその膝の上に丸まって、呼吸を揃える。
人と猫が、同じリズムで呼吸してるって、案外すごいことじゃないか?
ときどきみのりが、そっと耳元で話しかけてくる。
「もち、いつもありがとね」
そんなことを言われたら、吾輩のほうこそ「ありがとにゃ」と言いたくなる。
最近、吾輩は思うのだ。
「恩返し」って、何だろう。
昔は、たくさんの人を笑顔にすることが吾輩の恩返しだと思っていた。
カメラの前でじゃれたり、ちゅ~るを華麗に食べたり、動画のサムネでどーんと決めポーズを取ったり。
でも今は、違う。
今の吾輩の恩返しは――この“今”を、大切に生きることなんじゃないかって思っている。
ちょっと足腰が重くなったって、ごはんが地味になったって、ジャンプができなくなったって――吾輩は、ここにいて、ご主人と一緒にいる。
ぬくもりを分け合って、生きている。
それで、いい。
それが、いい。
夜、ふたりでベッドに入ると、ご主人がぎゅっと抱きしめてくれる。
「もち、これからも、ずっと一緒にいようね」
うむ、そうしよう。
いつか“その日”が来たとしても、吾輩はこの瞬間を抱きしめていく。
今、こうして眠ることができて、
今、こうして名前を呼んでもらえて、
今、こうして「もち、大好き」と言ってもらえる――
それだけで、十分幸せなのだ。
吾輩は、あたたかな布団の中で、静かに目を閉じた。
どこからか、春の夜風が吹いてきた気がした。
ご主人の寝息が、優しく響く。
幸せは、いつだって、ここにあるにゃ――。




