第87話:「もち、春風にまどろむ午後」
ふむ……今日も陽射しがまろやかで、なかなか寝ざめの良い日である。
吾輩は今、窓辺のクッションにて全身を太陽のご加護に預かっておる。
「うぉ~……ぬくいのぅ……」
声にならぬ声でのびをかまし、前足をぱたりと投げ出す。
隣にはご主人――みのりが、パソコンとにらめっこしながら「編集地獄」とやらに挑んでおる。
まぁ、編集地獄の詳細については知らぬが、昼ごはんを抜くほどの集中力とは、なかなかの狂気である。
「みのりよ、昼食は重要じゃ。吾輩はもうとっくにカリカリ食ったがのぅ」
ご主人は返事もせず、目にクマをこしらえながらマウスをカチカチしておる。
やれやれ、まったくもって――
「あーっ! またエンコード失敗してるーッ!」
やはりそうか。
声のトーンで分かる、
絶望と疲労のミックスジュースである。
その瞬間、吾輩はピクリと尻尾を動かし、ふわりと立ち上がった。
こういう時こそ――
「にゃあ(※癒しの介入)」
ぬるりとご主人の膝の上に乗っかり、ほどよい重量感とぬくもりを提供する。
これを吾輩は“もち式慰問”と呼んでおる。
「……もち。ありがとう。お前がいてくれて、ほんと助かるよ……」
ほれ見よ。これで多少は心の平穏が保たれたであろう。
吾輩の尻尾も鼻も手足も、すべては癒しの結晶なのだ。
ちなみに余談だが、昨晩のご主人の晩ごはんは冷凍餃子と味噌汁であった。
あれでは栄養が足らぬ。
もっとタンパク質を摂れ。
吾輩のような筋肉美は一朝一夕ではないのだから。
……などと、みのりの管理までしている吾輩であるが、実は今日はもうひとつの大仕事が控えておる。
それは――
「ぽかぽかの春風に乗って、いかに優雅に寝落ちするか」
である。
誇張ではない。
これは老猫たる吾輩にとって、生きがいにして究極の修行である。
さて、再び窓辺に戻ってきた吾輩。
ふわふわのクッション、陽射し、時折カーテンの隙間から入るそよ風――これぞ最強の布陣。
「むぅ……最高……」
あとは、まぶたをとろんと落とし、寝てるのか起きてるのかわからぬ“猫特有の半覚醒状態”へと突入するのみ。
この技を、吾輩は“まどろみの極意”と呼んでおる。
そのとき、隣の部屋から何やら人の声が。
「すいませーん!宅配便でーす!」
「はーい!今出ますー!」
ご主人がドタバタと駆け出す。玄関が開き、箱がドンと届く音。
そして……戻ってきた彼女の手には――見覚えのある、例の金ピカの袋!
「もち~、ごほうびの“プレミアムちゅ~る”届いたよぉ~!」
――ぴくん。
「ちゅ~……る……だと?」
さすがの吾輩も、春風に包まれていた心が一瞬にして警戒モードに。
しかもただのちゅ~るではない。パウチに「黒毛和牛入り」と書かれておる!
これは……まさか……
“ご主人の深い罪悪感”によって供される、特別補償型のちゅ~るではなかろうか!
ご主人は、何かしらやらかした後に高級ちゅ~るを供える習性がある。
そして今回は――
「実は、来週、また出張に行くことになっちゃって……もちと、しばらく一緒にいられないかも……」
ふむ。やはりな。
まあよい。
出張とは現代社会における苦行の一種である。
それを吾輩に素直に打ち明け、ちゅ~るで補償する――これは許容範囲だ。
吾輩はすっくと立ち、ぐいっと伸びをしてから、ゆっくりとみのりの前に座った。
「……にゃぁ(※一回だけなら許す)」
ご主人が破顔し、袋を開け、ちゅ~るをそっと差し出す。
――ぺろっ、ぺろっ、ぺろぺろぺろっ!!
あぁ……五臓六腑に染み渡る、牛肉の旨味……
これが資本主義社会の成果か……!
「もち、やっぱり元気そうだね~」
「ふにゃ(当然)」
夕方。
ちゅ~るタイムも終わり、吾輩は再び窓辺に戻ってきた。
外には小学生の帰り道の足音、風にそよぐ洗濯物の匂い、そして柔らかな日差し。
すべてが吾輩を包み込み、「今が一番しあわせだよ」と囁いてくれる。
「ふにゃ……(至福……)」
そして――
まどろみの極意を極めるべく、吾輩は再び眠りへと身を預けたのであった。
だって、春風の午後にまどろむこと――それは、老猫にとっての特権なのだから。




