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完結 吾輩は捨て子猫である ~動画投稿でご主人を救う恩返しにゃん物語~  作者: カトラス


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第七章 第61話:「もち、いつも通りの朝に違和感を嗅ぎとる」

 吾輩の名はもち。自他ともに認める動画投稿界の天才にゃんモデルであり、ご主人の忠実なるパートナーである。

だが、そんな吾輩にも、どうしても理解できないことがある。


 それは――ご主人の“笑顔の不調”である。


 この朝も、いつもと同じように始まった。目覚ましのアラームがけたたましく鳴り、ご主人が「うぅぅ……あと5分……」と呻きながら布団の中で丸まる。

 吾輩はその布団の上で優雅にのび~っと背筋を伸ばし、軽くふみふみを始める。

 だが、その日、ご主人はいつもの「もち~おはよ~」という呑気な声を出さなかった。


「……あぁ……ご飯、もちの……あげなきゃね……」


 語尾が濁っていた。目も半分しか開いていない。そして何より、あの、柔らかい笑顔がなかったのだ。


 吾輩は急いでご主人の足元にすり寄り、にゃーん!と一声、いつものごはんアピールをしてみる。

 カリカリはちゃんと出てきた。

 分量もきっちり。

 にゃんこスプーン一杯ぶん、いつも通り。


――でも、やっぱり違う。


 吾輩がごはんを食べながらちらりと見上げると、ご主人は立ったままぼーっとキッチンの壁を見ていた。

 お湯を沸かしていたケトルの音にも気づいていない。湯気がふたを押し上げ、ピシッと金属の跳ねる音がしてやっとハッとする始末。


「やば……コーヒー、入れるんだった……」


 何が“やば”いのか、吾輩にはよくわからぬが、とにかくご主人の頭の中は、いつもの朝とは違うことでいっぱいのようだ。


 洗面所で歯を磨く時も、ドライヤーで髪を乾かす時も、しばらく前に買ったお気に入りのカーディガンを羽織る時も――全部の動作がどこか、ぎこちない。


「……いってきます、もち」


 声も、少しだけ掠れていた。


 吾輩は玄関まで走り、ご主人の足にすりすり。顔を見上げてにゃーと鳴いてみた。

 せめて、その背中に「頑張ってくるにゃ」というメッセージを伝えたい一心だった。


 ドアが閉まる音が、今日はやけに重たく聞こえた。


 ご主人が出かけてから、吾輩は久々に動画用の編集素材をチェックすることにした。

 といっても、再生ボタンを押せるわけではないので、パソコンの前でジャンプしてタッチパッドをこすったり、マウスをなでなでしてみたりして、なんとか画面を動かす努力をしているだけなのだが。


 ふと、画面の端に表示されたサムネイルが目に入った。

 そこには、ご主人と吾輩が一緒に笑って映っている。

 ご主人の笑顔は、それはもう太陽のように明るい。


 あの頃の動画、撮ってたときはきっと、ただ楽しくて、ただ幸せだったんだニャ。


……でも、最近の動画の中のご主人は、笑っているのに、どこか目が笑っていない時がある。

 ファンは気づかないかもしれない。でも、吾輩にはわかる。


 なぜなら――吾輩は、この人のそばにいる存在だから。

 毎朝の目覚めから夜の寝息まで、いちばん近くで見ているから。


 昼過ぎ、マンションの廊下から足音が近づいてきた。カツ、カツ、コト……小さなため息とともに、ご主人が帰ってきた。

 早退か、半休だろうか?


「……ただいま、もち。……あーあ……」


 そのまま、リュックを置いたままソファに座りこみ、ぐったりとうつ伏せになる。

 髪が乱れていて、顔色も少し悪い。


 吾輩はすぐに駆け寄り、背中の上にぴょんと乗る。


「いたっ……もちぃ~、ちょっと重たいってば……」


 そう言いつつも、手は吾輩の体を撫で始めてくれる。優しく、弱々しく。

 吾輩はご主人の背中の上で、ぐるる……と喉を鳴らした。


 しばらくして、ご主人がぽつりとつぶやいた。


「……動画のこと、会社にバレちゃった」


――にゃんですと?


「部長に呼び出されて、説明して。SNS規約に抵触する可能性があるって……」


 それは大変なことにゃ。吾輩のせいでご主人が叱られたのか? いやいや、吾輩は悪くない。

 だって頑張ってモデルしてるし、撮影にも協力的である。でも、ご主人の人生に吾輩が関わって、マイナスになってるとしたら……


 そんなの、嫌にゃ。


「でもさ、褒めてくれる人もいたよ。『すごいね、あんな再生数』『もちちゃんって天才だね』って……」


 ご主人の声は、少しだけ嬉しそうだった。でも、そのあとで続いた言葉が、胸に刺さった。


「でも……応援されるほど、責任も感じて……なんだか、苦しいの」


――ご主人。


 吾輩はぐっと顔をあげ、ご主人の頬に顔をすり寄せる。

 なでなで、ぺろり。吾輩なりの慰めの儀式である。


「……もち、ありがとう。君がいてくれて、本当に良かった」


 この日、吾輩は初めて、ご主人の“笑顔の奥”にある影を知った。

 そして誓ったのだ。

 吾輩は、ご主人のために、もっと強くなる。


 どんな未来が来ようとも、どんな波が押し寄せようとも。

 吾輩は、ご主人のそばにいて、支え続けるのだ。


 にゃあ――それが、吾輩の恩返しなのだから。

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