第56話:「もち、静けさの中で気づくもの(ご主人のぬくもり)」
【もち視点】
にゃんとも静かである。
最近はカメラのレンズがこちらを向くことも、ライトがパチパチすることもにゃくなった。
いつもなら朝起きれば、みのり殿が「おはよう、もち~! 寝ぐせがすごいよ~!」なんて言いながらスマホを構えていたのに。
今は、吾輩の寝起きすらも“特別映像”にはにゃらにゃい。
代わりに、ただそっと……布団の中から伸びてくる、みのり殿の手のぬくもりがある。
「おはよう、もち……ゆっくり起きていいよ」
その声が、妙に心に沁みるのである。
動画投稿がお休みににゃってから、もう数日。
吾輩たちの暮らしは、少しだけ時計の針を緩めた。
カリカリを食べるのも、昼寝をするのも、毛づくろいも……ゆったりと流れる時間の中でのびのびしておる。
にゃれど、ふと思うのだ。
——吾輩は、どこからここに来たのかにゃ?
まだちいさくて、寒い路地裏でひとり震えていたあの日。
ごみ箱の影で、空き缶を押しのけながら見た星の光。
そんな吾輩に、手を差し伸べてくれたのが、みのり殿だった。
ぬくもりとは、にゃんと不思議なものである。
それに触れた瞬間、全身の毛がふわっと立ち上がり、背中の氷がとけていくような、そんな気がしたのだ。
そのぬくもりが、今も変わらず、ここにある。
にゃらば、吾輩がすべきことはただひとつ。
——みのり殿に、ちゃんと伝えること。
「吾輩は、そなたがいちばん大事にゃ」
言葉にできにゃいこの想いを、ぺろりと手を舐めて伝えるしかにゃい。
けれど、みのり殿は優しい。
吾輩のひと舐めの意味すらも、ちゃんと受け取ってくれる。
【みのり視点】
外の雨音が、静かに部屋に響いている。
今日は会社も在宅で済む日。PCを閉じて、ふとリビングを見渡すと、もちが窓辺で丸くなっていた。
じんわりとした、満たされるような気持ちが胸の奥に広がる。
——今のこの時間が、ずっと続けばいいのに。
再生数、いいね、視聴者からのコメント。
全部、嬉しい。ありがたい。
だけど、やっぱり私は「もちの飼い主」である前に、「もちの家族」なんだと思う。
投稿を休んだ数日で、少しずつ自分を取り戻せてきた気がする。
もちも、なんだか表情が柔らかくて、今の方がよく笑ってるように見える。
「……なんてね、猫が笑うわけないか」
そう呟きながら、もちの寝顔にそっと手を伸ばした。
するとその時、もちが目を細めて、ぺろり、と私の指先を舐めた。
「あ……」
そのしぐさが、あまりに優しくて、あまりにまっすぐで。
涙が、一粒だけこぼれた。
もちは何も言わない。
ただ、そばにいてくれるだけ。
それだけなのに、こんなにも救われるのはどうしてだろう。
「もち、ありがとうね。ほんとに……ありがとう」
【もち視点】
にゃ?
なんだか、みのり殿の目から水が落ちたぞ。
吾輩はあわててごろりと腹を見せて、足をぴーんと伸ばす。
——これは「そなたが一番安心できる場所にゃ」という猫式の挨拶である。
みのり殿は笑って、毛布をそっとかけてくれた。
「もち。もうちょっとだけ、このままでいようか」
うむ、それがいいにゃ。
ちゅ~るもカメラもいいが、こうして寄り添って眠る時間こそ、何にも代えがたい幸せというものにゃ。
ふかふかの毛布の中、吾輩は目を閉じた。
思えばこの数ヶ月、吾輩はたくさんのことを経験してきた。
ベランダ探検、ダンボールハウス、初ライブ、合同撮影、旅、CM撮影。
にゃんと忙しく、にゃんと楽しかったことか。
けれど、今この瞬間……
みのり殿の胸の上、静かな部屋の中。雨音だけが流れているこの時間こそが、吾輩にとっての“原点”かもしれにゃい。
ぬくもり。
それは、にゃにも飾らずとも、そばにあるだけで尊いもの。
吾輩は、そっと一度だけ、喉を鳴らした。
「……ごろ、ごろごろ……」
【みのり視点】
もちの喉の音が、静かに響いた。
まるで「ここにいるよ」と言ってくれているみたいに。
動画がなくても、配信がなくても——
私たちには、ちゃんと“つながり”がある。
カメラの向こうじゃなくて、今、ここで。
このぬくもりこそが、私にとって一番の宝物だと、改めてそう思った。
次回、第57話:「もち、久しぶりの“あの音”にざわつく!?」へ続く!




