第52話:「もち、旅立ち前夜の大あくび」
吾輩は、猫である。
名前はもち。今夜も、六畳一間のアパートのタワーの頂上にて、威風堂々、毛繕いをしている。……が、実は心中、ちょっとばかり、そわそわしておる。
「もちー? リュックにちゅ~る詰めたからね。あと、毛布と……あっ、カリカリも持って行かなきゃ……」
キッチンの片隅で、我がご主人様・みのりが、ややテンパり気味に旅行の準備を進めておった。
――明日、吾輩たちは「コラボ撮影」のため、小旅行に出るのである。
目的地は、SNSで人気の猫系動画クリエイターが集う、温泉地某所。
しかも泊まりがけ。初の“オフライン合同撮影会”だとか。なんでも、「人気猫同士の夢の共演」でバズると評判らしい。
「……こんな小汚いアパートから出て、温泉街の旅館だなんて……夢みたい」
そう呟くみのりの背中は、期待と不安が入り混じっておった。
(まあ……無理もない)
彼女は元々、ただの社畜OLで、SNSに吾輩の写真を軽い気持ちで投稿していたのがきっかけだった。それがまさか、ここまでの反響になるとは、吾輩とて想像しておらなんだ。
部屋の一角には、最近購入された簡易ライトやスマホスタンドが並ぶ。以前は洗濯物の山で埋もれていたスペースだ。変わったなあ、と吾輩はしみじみ思う。
「……あとは、もちのキャリーバッグと、動画用のSDカード……あっ、モバイルバッテリー忘れてた!」
吾輩はぽてぽてとタワーを降り、彼女の足元へ歩いてゆく。
足にスリッと身体を擦り付ければ、彼女がちょっとびっくりして顔を覗き込む。
「もち……なに? なんだか、落ち着いてる?」
「にゃ(心配いらぬ)」
吾輩はしっぽをくるりと巻いて、あくびをひとつ――
「ふぁぁぁぁ……」
ご主人の前で、特大の、実に見事なあくびを披露した。
(どうだ、安心したであろう?)
するとみのりは、ふっと笑った。
「……うん、なんかちょっと、元気出た。ありがと、もち」
吾輩は誇らしく胸を張った。
猫は言葉を使わずして、安心を与えるのが得意なのだ。
◆ ◆ ◆
夜も更けて、みのりは布団の上でスマホをぽちぽち。
どうやら旅先の天気や、コラボ相手の猫の情報を確認しているようだ。
画面には、吾輩と同じくらい可愛い……いや、まあ、そこそこ可愛い猫たちの写真が並んでいた。
「うーん、みんな衣装とか小物とか凝ってるなあ……もち、なにか着てみる?」
「にゃ(却下である)」
吾輩は即座に顔を背けた。服など、吾輩の高貴な毛並みに不要! あくまで“素のもち”こそが視聴者に愛されている所以なのである。
「だよねー。やっぱり、もちのまんまでいこうか」
みのりはそう呟いて、スマホを閉じた。部屋には静けさが満ちる。
「……明日、頑張らなきゃなぁ」
彼女の小さな呟きが、夜の空気に溶けた。その声が少しだけ震えていたので、吾輩は布団に乗って、彼女の胸元に丸くなる。
「にゃ(吾輩がついておるぞ)」
そっと肉球で、彼女の手に触れる。
するとみのりは、吾輩の額を撫でながら微笑んだ。
「うん……ありがとう、もち。頼りにしてるよ」
◆ ◆ ◆
布団の中はあたたかくて、すこしだけ緊張していた吾輩の心も、ほぐれていった。ご主人様と一緒なら、大丈夫――そう思える。不思議な魔法のようなものである。
明日は早起きして、駅まで向かい、電車に乗って、知らない土地へ。知らない猫と、知らない人たち。いつもの六畳間ではない、外の世界。
(怖い、という気持ちがないわけではない)
だが、吾輩はもう“ただの猫”ではないのだ。
ご主人様を救うために立ち上がった、“猫界の恩返し戦士”――それが吾輩、もちである。
「明日はちゅ~る、いっぱい食べられるかなあ」
みのりの寝言のような呟きに、吾輩は小さく「にゃ」と返した。
その夜、吾輩はちゅ~るの山に埋もれて眠る夢を見た。
そのすべてがご主人様と、明日を笑って迎えるために――。
次回予告:
もち、初めての“合同コラボ撮影”に挑む」
人気猫クリエイターが一堂に会す温泉旅館。
ちゅ~る争奪戦!? もち、試される猫力! お楽しみに!




