第49話:「もち、温泉地で露天風呂に驚く!?(足だけ)」
――吾輩はもちである。いま、旅館にいる。
畳の香りがする。
これは草ではないが、土に近いな。天井は高く、空気は静か。そして部屋のすみっこには、吾輩専用のクッション ベッドがある。
そう、これが――“旅館”なる人間の巣である。
「ねえ、もち。着いたよ~。ここが温泉地! いいところでしょ?」
ご主人様がにこにこと微笑み、窓を開け放つと、ふわりと湯けむり混じりの山の風が吹き込んできた。
吾輩はくんくんと鼻を動かす。
うむ、少ししょっぱい。そしてぬるい湿気……これは、温泉というものの匂いか。
「ふふふ……まあ、悪くない」
吾輩は窓辺に駆けのぼり、目の前に広がる“にほんのふうけい”なる景色を見下ろした。
山々と、煙の立つ小さな町並み。
足元には旅館の中庭、そして――小さな露天風呂。
「む?」
【みのり視点】
もちが窓辺でぺたりと座り込み、ジーッと外を見つめている。
うん、気になるよね。私も最初、ここに来たときは感動したもん。
「もちも見てる? あれが露天風呂だよ」
私は窓のそばにしゃがんで、もちの視線の先を追う。湯けむりがゆらゆら立ちのぼり、石で囲われた温泉には誰も入っていない。
ちょうど貸切の時間らしい。
「ねえ、もっちゃん。せっかくだから足湯だけでもしてみない? ……猫的にはナシ?」
冗談で言ったつもりだったけど――。
「ふにゃっ」
意外にも、もちが小さく鳴いて、窓辺からぴょんと降りた。え? もしかして、ちょっと興味ある?
「ふふふ。じゃあ、行ってみようか? “足だけ”温泉デビュー!」
【もち視点】
かくして吾輩は、ご主人様に抱きかかえられ、露天風呂なる異空間へと連れていかれた。
「さあもち、あったかいよ~。足だけ、ほんのちょっとね」
「足だけ……?」
吾輩は思わずご主人様の腕の中でぐるぐると体勢を変える。
あのぷくぷく湯気の立つ池に、吾輩の神聖なる肉球を……?
だが、そこまで言うなら、試してみぬわけにはいくまい!
吾輩はご主人様の膝の上でしっかりと立ち、前足を湯に近づける。ぴとり。
「……おおっ……?」
ぬるっ……そして、ちょっぴりピリッとくるような……でも、なんともいえぬ心地よさ。ぬくぬくと、肉球がとろけそうである。
「んふぅ……これは……悪くない……!」
「うわ、もち……めっちゃ気持ちよさそうな顔してる~!」
ふにゃぁああ……。これはあれだ、ちゅ~るに次ぐ、快楽の泉……! 吾輩、今ここに「足湯教」を開祖したい!
【みのり視点】
驚いた。
本当に、もちが湯に足を入れた。
しかも……表情が完全にとろけてる。
「もち……気持ちいい? ねえ、ちょっと人間ぽい顔してない?」
くすぐったいような気持ちと、胸の奥がじんわりするあたたかさ。
たった1年前には、道端のダンボールの中にいたこの子が、今は旅館の足湯でぽやんとしてる。
「まさか、温泉旅に一緒に来られるなんて……ほんとに、奇跡だよね」
ちょっと涙が出そうになったそのとき――。
「すみませ~ん! お風呂、次のお客様が……」
「うわっ、ごめんなさい! もち、帰ろっか!」
慌ててもちを抱え上げ、部屋へ戻る。
もちの足をふきふきしながら、思わず笑ってしまった。
「どうだった? もちの“初温泉”」
「ふにゃぁ……」
とろけた声で返事をするもち。その顔は、まるで夢を見ているかのようだった。
【もち視点】
旅館のふかふか座布団の上で、吾輩はぺたんと腹をおろす。身体の芯から、温泉のぬくもりが広がっている。
「ふむ……人間の文化、侮れん」
温泉というのは、ちゅ~るとは違ったベクトルの快楽であるな。
これは、猫にも開かれた幸福の扉。次は、風呂上がりのアイス……というものにも挑戦してみたくなった。
次回予告
「もち、ご当地ちゅ~るに感動する(食レポ付き)」
地域限定ちゅ~る、恐るべし! もちの舌が唸る、グルメレポ炸裂!?




