第48話:「もち、初めての列車移動に揺れる」
――吾輩はもちである。
いま、揺れている。
ゴトン……ガタン……。
むぅ、これはどうしたことか。四方を布で囲まれた小部屋の中、地面がときおり小刻みに跳ねる。この地響きのようなうなり声……これは、そう、動いておるな。
我が家が、吾輩の玉座が、いや、世界が……!
「もち、大丈夫? 怖くない?」
ふと、聞き慣れた声がすぐ横から降ってきた。
布越しに、やさしく触れるご主人様の指先。
今の吾輩の領土は“キャリーバッグ”という名の、動く檻の中である。やれやれ、これが“列車”というやつか。
なるほど、これが人間の乗り物……なんとも酔いそうな気配。しかし、吾輩は耐える。なぜなら――これは、ご主人様との旅なのだから!
【みのり視点】
「……緊張する……」
車窓の向こうを流れる景色を眺めながら、私は膝の上のキャリーバッグにそっと手を添えた。もちの姿は見えないけど、中で静かに丸まっている気配が伝わってくる。
「もち、えらいよ……電車、初めてなのに泣いたり騒いだりしないなんて……」
本当は、前の日ずっと心配してた。
キャリーに慣れてくれなかったらどうしよう。
電車の中で暴れたら? 怖がって鳴き続けたら? 他の乗客に迷惑をかけたら……。
でも今、私の膝の上で静かに揺れるキャリーの中のもちからは、不安よりも――覚悟みたいなものが伝わってきた。
「旅って、大変だけど……もちが一緒に来てくれるなら、大丈夫かも」
ふと、車内の窓に映る自分の顔を見る。少し、緊張してるけど、笑ってる自分。ああ、こんなにワクワクしてるのって、久しぶりだ。
そんな思いで、私はもちに囁いた。
「ねえ、もち。もうすぐね、海が見えるよ。ほら、あっちの窓、ちょっと見てみる?」
【もち視点】
海、とな?
吾輩はキャリーバッグのメッシュ部分から、そろりと顔を出す。
うむ、やや震えておるが、そこまで悪くはない。少なくとも病院に行くときの車よりはだいぶマシである。
「……おおお……!」
目の前に広がるは、空のごとく広い水の世界。ぴかぴかと日差しが反射し、風がさわさわと草木を揺らしている。これが、海というやつか。
「ご主人様よ、なぜ今まで教えてくれなんだ!」
「ふふ、きれいだね。もちにも見せたかったんだ」
ご主人様の声は、まるで春のひだまりのようだ。
揺れる列車の中、吾輩はご主人様の膝の上にのせられたキャリーバッグの中で、少しだけ身体を伸ばした。さっきまでの緊張が、じわじわと溶けていく。
そして――ちゅ~るの香りがする、密かに隠された非常食の袋をかすかに嗅ぎ取る。
「ふふふ、いざというときのために忍ばせておったな、ご主人様……評価するぞ」
【みのり視点】
もちが静かにしてくれて、本当に助かった。
車内の人たちも、少し覗き込んで「猫ちゃんですか?」と優しく話しかけてくれる。
「かわいい~」「大人しいね」「旅行中?」
「はい、テレビで少しだけ紹介された子で……」と、恐る恐る話すと、「あ!あの子かも!」「え、動画の“あの猫”?!」とプチ盛り上がり。
電車の中でも、もちの人気は健在だった。
「もち……なんか、すごい猫になってきたね」
駅に近づくたび、緊張で息が詰まる。でも、もちがそばにいてくれるから、どんな旅も大丈夫だと思える。
【もち視点】
そして列車は、ついに目的の駅に到着。
「もち、降りるよ……よいしょっと……」
キャリーごと抱きかかえられた吾輩は、駅のホームに降り立った。人が多い。空気が違う。音がざわざわしている。
「……これが、新たなる世界……!」
と、そのとき。
「わっ、テレビのもちちゃん!?」
「え、本物!?」
「わああ、ちょっとだけ見える! 白くてまんまるだ~!」
――なぬ!? 既にここでも、吾輩の名が轟いておるとは……!
「ふふ……これは、油断ならぬ旅となりそうだな」
しかし、隣にはご主人様がいる。
吾輩は彼女の温もりに包まれながら、新たなる冒険の第一歩を踏み出した。
次回予告
「もち、温泉地で露天風呂に驚く!?(足だけ)」に続く!
ぷにぷに肉球、しっとり温泉湯。だがそのとき――あの音が、響く!?




