第45話:もち、街で“あの猫”と呼ばれる
―――吾輩は、今日も窓辺の哨戒任務に勤しんでおる。
カーテンのすき間から差し込む朝の陽光。これを正面から受けつつ、アパートの前を通る人々を監視するのが、最近の吾輩の日課である。
「おーい、見て見て! “あの猫”だよ!」
窓の外から、ちびっこの歓声が聞こえた。
ふむ、また来たな。最近、子どもたちの間で吾輩は“あの猫”と呼ばれているらしい。
光栄なことだ。
名前ではなく“あの猫”という呼び方に、若干の謎はあるが……どうやらテレビ出演を果たして以来、吾輩は街の人気者になったらしい。
「うわぁ~、こっち見てる~!かわいい~!」
にゃーん(撮影料はちゅ~るで頼むぞ)
ガラス越しにカメラを向けるちびっこたち。
吾輩はサービス精神旺盛なので、ポーズをとってやる。あくびして伸びて、尻尾をくるん。ふふふ、よい素材が撮れたであろう?
玄関のドアが開き、出勤準備中のご主人・みのりが顔を出す。
「……あれ? また誰か来てる? もち、今日も人気者だね」
吾輩は誇らしげに胸を張る。まったくだ。ご主人が出勤するときも、最近はよく話しかけられている。
【みのり視点】
最近、なんだか毎日が不思議なくらい賑やかだ。
駅までの道すがら、近所の子どもたちや商店街の人たちがよく声をかけてくる。
「この前テレビで見たわよ! あの猫ちゃん、すごくお利口ねぇ!」
「動画も見てるよ~!毎晩癒やされてる!」
「今度、うちの店で“もちフェア”でもやろうかしら?」
ありがたいことに、テレビ放送後から、ちょっとした“有名人”扱いを受けるようになった。でもそれは、私じゃなくて――もち、だ。
「すごいね、もち……ほんとに、あんたってば……」
帰宅する頃には、アパートの郵便受けに新しいファンレターが届いていたり、ポストカードが入っていたり。中には「サインください」とか、「もちくんのぬいぐるみ化希望」なんて書いてあるものまである。
ご近所のパン屋さんのおばちゃんには「“あの猫”って今うちの孫が大騒ぎしてるのよ!」とまで言われた。
“あの猫”。
なんかこう、名前じゃなくて通り名みたいになってきてて、ちょっと笑える。
けど、もち自身はそれなりに誇らしげだし、何より――嬉しそうだ。
【もち視点】
吾輩は、最近いろいろな場所で見かけられているらしい。ご主人からも「もち、今日も見られてたよ~」と報告を受けるし、なんとパン屋のおばばから「サインは無理でも肉球スタンプないかしら?」とまで言われたのだ。
ふむ……肉球スタンプか。
吾輩のぷにぷにの右前足を、インクにつけてペタリとやるアレか?
悪くない。芸術性に富んだ吾輩の足跡、世に残す価値はあるな。
ところで最近の散歩、じゃなかった、
窓辺での偵察中に、明らかに「通りすがりじゃない」人々が吾輩を観察しているのを感じる。
明らかにスマホを構え、目を細めてニヤニヤしているではないか。
吾輩はプロフェッショナルなので、カメラを向けられると本能的にベストアングルを意識する。
顔は左45度、ひげはやや広げ、しっぽを優雅に巻く。
――だが、そんな吾輩の努力などお構いなしに、ご主人は今日もお仕事へ。
「……あー、もち、いーこでね!いたずらしないでよ~」
にゃ(任せておけ)
ドアが閉まる音を確認し、吾輩はリビングを警戒モードで一周する。
どうやら本日も“安全な舞台”であることが確認された。
よし、今日はあの新しい爪とぎで“演出”でもしてみるか。
【みのり視点】
帰宅すると、床の上には……なんと手作りの肉球スタンプカードが!
「あ、あんた……やったね?」
どう見ても、前に使ったインクパッドと白い画用紙のセット。そして、真ん中にぽてんと押された肉球の跡。
「……なんで、ちゃんと中央に押せてるの!?」
思わず二度見してから、スマホを手に取って写真を撮る。
これ、今夜の動画ネタに使えるかもしれない……。
「もち画伯の初個展」ってタイトルでどうかな。
その晩、肉球スタンプの動画はちょっとした話題になり、コメント欄には
「これはもうグッズ化して!」「もちは芸術家の域に達してる」
と、ちょっと大げさなコメントが並んでいた。
……でも、私は知ってる。
この小さな猫が、今日も“誰かの笑顔”になっていることを。
【もち視点】
“あの猫”……その呼び方にも、もう慣れてきた。
でも、吾輩は何よりも、ご主人の家にいる「もち」として、これからもここで生きていく。
にゃ(……でも有名猫も悪くないな)
次なるステージに向けて、吾輩はそっと伸びをした。
テレビの画面越しに、商店街の張り紙に、ちびっこのスマホ画面に。
確かにそこに、吾輩――“もち”がいた。




