第五章 第41話:「もち、商店街でまさかの“出演依頼”?」
吾輩は、もちである。
かつては捨て子猫。今はちょっとしたネットの人気者――らしい。
いや、まだまだそんな自覚はないのだが、最近やたらとご主人が吾輩に向かって「スター」とか「タレント性あるわね」とか言ってくるのだ。なんか照れるじゃないか、まったく。
それはある穏やかな午後、いつものように窓辺で日光浴をしていたときだった。
「もち~、おさんぽ行くよ~」
ご主人が妙にウキウキした声で吾輩を呼んだ。おさんぽといっても、抱っこされて近所を歩くだけだ。まあ、悪くない。
ご主人の胸元はあたたかくて、吾輩はそこから街を眺めるのが好きなのだ。
だが、その日の散歩はちょっと特別だった。
「ねえ、もち。今日は商店街のイベントの下見なんだって。えへへ、実はね、あのね――」
ご主人は話を続けようとして、うっかり吾輩の鼻にくすぐったい息を吹きかけた。やめろ、くすぐったいではないか。
到着したのは、昭和レトロな雰囲気が残る小さな商店街だった。
八百屋さんの前には熟した桃が山積みで、魚屋さんからはぷりぷりのアジが並ぶ。そして何より――。
「……あれ? あれって動画の……」
「え、あの猫ちゃん!? “もち”ちゃんじゃない?」
すれ違う人々のざわめきに、ご主人の頬がぽっと赤くなる。
吾輩はご主人の腕の中で、ちょっとだけ胸を張った。ふふん。どうやら有名になってしまったようだな。
その時だった。魚屋の店主が手を振りながら近づいてきた。
「おおおっ、やっぱり本物だ!お嬢さん、この子“もちちゃん”だろ? 動画見てるよ! あの『おでこぺたっ』事件、最高だったなぁ!」
「え、えへへ……ありがとうございますっ!」
店主は笑いながら吾輩を見て、続けた。
「実はさ、来週この商店街で“小さな夏祭り”をやるんだけどね、ちょっとしたステージがあるんだ。こどもたちの太鼓とか、フリーマーケットの紹介とか。でね、その……もちちゃん、出てくれないかい?」
「えっ……!? も、もちが、出演?」
ご主人は目を丸くした。吾輩も耳がぴくっと動いた。にゃに? 出演ってどういうことにゃ?
「ほら、最近テレビにも出たし、有名だしさ。うちの商店街、ちょっとでも活気出したいんだよねぇ。もちちゃんに出てもらえたら、集客もすごそうだし」
「え、えぇぇぇええ……!」
ご主人は戸惑いながらも、どこか嬉しそうだ。その頬は真っ赤で、目はうるうるしている。
「ま、まさか……もちが地元スターに……?」
いやいや、ご主人。いきなり話が飛躍しすぎである。
「でも……ステージって、何をするんですか?」
「うーん、ちょっとしたインタビューと、動画紹介と……あ、よかったら、もちちゃんに“ちゅ~る”食べてもらって、お客さんに『どの味が好きか』を当ててもらうとか!」
「……た、楽しいかも……!」
どうやら“猫グルメ当てクイズ”なる企画まで構想されているらしい。
ううむ。まさか吾輩の味覚が商店街の賑わいの鍵になるとは――。
その場でご主人は一度「検討させてください!」と頭を下げたが、帰り道の途中からずっと、
「もちが商店街の顔に……いや、これは名誉なことよ……!地元振興よ、地域貢献よ……!」
とぶつぶつ呟いていた。
帰宅してからもご主人のテンションは高かった。パソコンを開いて、出演者確認のメールを送っている。
「うーん、衣装どうしようかな。甚平?浴衣? それとも“祭りバンダナ”とか?」
やめてくれ、ご主人。それは吾輩のキャラじゃない。
でも、吾輩も心のどこかでほんのりわくわくしていた。だって、こうしてご主人が笑顔になってくれるのなら、吾輩は出演してもいいと思うのだ。
ご主人と吾輩。
二人三脚で歩いてきたこの生活が、またちょっと広がっていく。
そう思うと、吾輩はご主人の膝にぴょんと乗り、喉を鳴らした。
「……もち、やる気満々……?」
「うにゃ」
それがどんな答えだったか、ご主人には分からなかったかもしれない。でもその夜、ご主人はやけにうれしそうな顔で吾輩の写真を撮りながら、つぶやいていた。
「よし……商店街で会えるアイドル猫……ありかもしれない!」
ちょっと違う気もするが、まあ、よい。
こうして吾輩、もちの“商店街デビュー”は静かに幕を開けることになるのだった――。




