第40話:「もち、ちいさな出会いを受けとめる」
【もち視点】
吾輩の名はもち。
現在、動画投稿界のスターダムをもふもふと駆け上がっている白猫である。
吾輩の寝姿や食べる姿、時折お腹を見せて転がる様子までもが人間界で“癒し”と呼ばれているのだから、これはもはや責任重大である。
「にゃふっ……(ふむ、今日も世界は平和である)」
ご主人の枕元でごろりと転がり、すぴすぴと鼻を鳴らしていたその日。
事件は静かに、しかし確かに吾輩の世界に降ってきたのだ。
ピンポーン、と鳴った玄関チャイム。
ご主人が出ると、そこにいたのは──小さな女の子だった。
「こんにちは……あの、これ……」
女の子は手に何かを持っていた。小さな箱と、折り紙でできた手紙。
吾輩は足元からそっと覗き見る。
──その子の瞳が、少し震えていた。
【みのり視点】
突然の来客は、近所の小学校に通っているという女の子だった。
「もちちゃん……動画、いつも見てます」
胸元にしっかりと抱きしめた箱の中には、手作りの首輪と、シールで飾られた猫用のおやつがいくつか入っていた。
「これ……うちの猫に、作ったやつなの。でも、その子……」
彼女は言葉を濁した。
私はそっとしゃがんで、目線を合わせる。
「……ありがとう。もちはきっと、喜ぶよ」
そう言って受け取った瞬間、彼女の目に、涙が光った。
「わたしの猫……ミケっていうの。去年、病気で死んじゃって……ずっと悲しくて……でも、もちちゃんの動画見たら……泣いたあと、ちょっと笑えて……うれしかったの」
──心が、ぎゅっとなった。
“もち”という存在が、この子に少しでも癒しを届けていたこと。その事実が、たまらなく尊かった。
「もち、会ってもいい?」
私は戸を開き、部屋に入ってから振り向くと──
そこには、もちがちょこんと座っていた。
……まるで、全部聞いていたかのように。
【もち視点】
吾輩は、足音で彼女が泣いていたことに気づいていた。
人間は涙を流す生き物だ。理由はたくさんあるけど、今日の彼女の涙は、きっと“さよなら”の涙だ。
吾輩はそっと、彼女の前まで歩いていった。
「にゃ……」
ぺたり、と足元に座り、見上げる。
小さな手が吾輩に伸びてくる。
震えていたけど、優しかった。
「やっぱり……ふわふわ……あったかいね……」
その言葉に、吾輩はごろごろと喉を鳴らして応える。
彼女のミケという猫も、こうして癒していたのだろうか。
「もちちゃん、ありがとう……また、来てもいい?」
吾輩は軽くしっぽをふる。にゃんともないさ。
【みのり視点】
その日以来、小さな訪問者は時折、手紙を持ってやって来るようになった。
「今日はもちちゃんの寝てる動画がいちばんだった!」とか、「もちちゃんのもぐもぐしてる顔、好き!」とか。
彼女にとって、もちの存在が日常の灯りになっているのだと、感じていた。
そして私自身も、変わってきた。
「もちって、ほんとにすごいよね。小さな命なのに、誰かの悲しみにそっと寄り添えるんだよ」
以前の私なら、こんな風に人と繋がるのは苦手だった。でも今は──
「君のおかげで、誰かとちゃんと話せるようになったよ」
テレビや動画で注目されても、私たちの生活は相変わらず六畳一間。
ご飯はレトルト、カーテンは少しほつれてる。
でもその中で、もちがくれる“ちいさな出会い”が、私を世界へ繋げてくれる。
「ねぇ、もち。次はどんな人と出会うかな」
私はもちの背をなでながら、静かにそうつぶやいた。
【もち視点】
今日もベランダに陽が射し、風が揺れる。
あの女の子はまた来て、吾輩に「今日も動画見たよ」って報告してくれた。
ミケという猫の話もしてくれた。
「お空にいるんだよ、ミケ。もちちゃんも、いつか会えるといいな」
吾輩は少し空を見上げた。
会えるだろうか。
にゃんたにも、ミケにも。空のどこかで、すやすや眠っている彼らに。
吾輩は、生きている。今、この家で。
そして誰かのために、今日もごろごろと喉を鳴らす。
──にゃんとも、幸せな日々である。




