第38話:「もち、はじめてのファンレターに戸惑う」
【もち視点】
吾輩の名はもち。動画投稿とテレビ出演を果たし、いまや猫界のニューヒーローである。
さて、本日も吾輩は朝から活動を開始していた。
活動といっても、窓辺でひなたぼっこしながらしっぽをふりふりしたり、棚の上からご主人を観察したりといった、極めて高度な癒し業務である。
「にゃー(おお、今日もいい光だ)」
しかしそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「は、はい!」
ご主人──みのりは、スウェットのまま慌てて飛び出した。
寝ぐせのまま出て行って大丈夫なのか、少々心配である。
やがて、彼女は玄関から戻ってきた。
手には封筒と、厚みのある小さな包み。
「え、なにこれ……宛名……うち?」
目を丸くしているご主人をよそに、吾輩はその封筒にくんくんと鼻を寄せた。
紙の匂いに混じって、ほんのりミルクのような香り……これは、子ども……?
【みのり視点】
ポストに入っていたのは、見慣れない手書きの封筒と、小さな茶封筒だった。
宛先は「もち様、ご主人様」──明らかにネットで見た人が送ってきたものだった。
「ま、まさか……ファンレター!?」
そう気づいた瞬間、胸がどきどきして、息が止まりそうになる。
慌てて封を切ると、丁寧な文字で綴られた一通の手紙が現れた。
もちちゃんへ
わたしは 小学二年生の さえといいます。
テレビで もちちゃんを みて、とってもかわいくて、
おかあさんに スマホで どうがを みせてもらって、
いまは まいにち もちちゃんの どうがを みています。
わたしは まえに ねこちゃんを なくしました。
だけど もちちゃんを みて、また えがおに なれました。
もちちゃん、これからも がんばってください。
だいすきです。
手紙を読み終わる頃には、目の奥がじんわりと熱くなっていた。
「もち……見てごらん……こんなに小さな子が、君のことを……」
「にゃあ?」
もちが手紙に興味津々で鼻を寄せている。
まるで、自分宛のメッセージだと理解しているみたいに。
そして茶封筒の中には──小さな猫のイラストが描かれた折り紙と、ビーズで作られた手作りのブレスレットが入っていた。
「あ……これ、たぶん……首輪用にってことかな」
首輪にちょこんとつけられる、小さなビーズチャーム。手作りの、不揃いな丸いビーズ。でも、その温もりが胸を打った。
「もち……これ、つけてみようか」
【もち視点】
吾輩は新しい“首輪アクセサリー”に、しばし戸惑った。
「……にゃ?」
耳元でカシャカシャと音がする。小さなビーズが揺れているのだ。少し気になる。非常に気になる。気になって噛んでしまいそうだ。だが、それよりも──
「……にゃあ(これは……重みがあるぞ)」
ビーズは軽い。
だが、そこに込められた想いは、吾輩にも伝わった。
誰かが、吾輩を見て、癒されたという。
テレビの向こうの、小さな誰かの笑顔を、吾輩が救った──そういうことなのだ。
吾輩は決意した。
これからも、全力でモフと癒しを提供し続けようと。
「にゃっ(よーし!動画も気合い入れるぞ)」
ご主人のスマホを見つめながら、カメラ映えするポーズを練習する。きゅるるん顔、ぺろりん舌、ちょい出し手モフ。
研究に余念がない。
【みのり視点】
その夜。
私は、その手紙とチャームのことを、動画にしてアップした。
「もちちゃんに、初めてのファンレターが届きました──」
手紙の内容は一部伏せつつ、送り主が子どもであること、温かいメッセージをくれたこと、もちの反応などを、じんわりとナレーションにのせて伝えた。
「私は、もちと出会って、たくさんのものをもらいました。
でも、こうやって……また“誰か”に届けられる日がくるなんて……」
投稿から数時間で、コメント欄はやさしい言葉で溢れていた。
「さえちゃん、ありがとう」
「もちの笑顔に、今日も癒されてます」
「うちの子も、もちちゃんが大好きです」
スマホをそっと置いて、私はもちの背中に顔をうずめた。
「ありがとう、もち。あなたのおかげで……本当に、毎日が輝いてるよ」
「にゃん(お安い御用だ)」
もちがごろりと喉を鳴らす音が、やさしく響く。
これが、家族。
そう思えた夜だった。
次回、第39話「もち、ご近所に噂される」に続く!




