第35話:もち、思わぬ“拡散”の波に乗る
【もち視点】
朝である。
いや、まだ夜明け前である。だが、吾輩はすでに活動を開始していた。理由は単純、腹が減ったのだ。
「みのり~。腹が、減ったのである……」
低空飛行の鳴き声で枕元に接近。
しっぽで顔をちょいちょいと叩くも、反応なし。これは非常に由々しき事態である。
次なる手は“ふみふみ作戦”だ。柔らかき布団の上をもふもふと踏みしめ、背中に圧をかける。……が、みのりの寝息は深く、起きる気配はゼロ。
「ぬぅ、これは“ちゅ~る緊急警報”発令せねばなるまい……!」
と、その時だった。
ピロン♪ ピロンピロン♪
部屋中にスマホの通知音が響き渡る。
みのりが寝ぼけながら布団の中でスマホを探し当て、画面をのぞきこむ。
【YouTube Studio:コメントが100件以上届いています】
【チャンネル登録者が40000人を超えました】
【「猫もちの大あくび」動画が再生10万回を突破!】
「……え? ……なにこれ……えええええぇぇっ!?」
【みのり視点】
「ま、まって待ってもち、どういうこと!?」
夜明け前、暗い部屋の中でひとり声をあげる。私のスマホが、怒涛の通知ラッシュに襲われていた。
寝る前に上げた「もちのあくびだけ切り抜いた動画」。タイトルは適当、編集もほぼ無加工。だけど、それが突然バズっていた。
「な、なんで!? いつもは再生数300回とかだったのに……」
画面に表示される再生数は、すでに10万を超えている。コメント欄は外国語まで混ざり、もちの“あくびの伸びっぷり”を絶賛する声が多数。中には、
「世界一かわいい!」
「彼はスターだ!」
「もち is my spirit 」
などなど、なぜか海外人気まで出ている始末。
「も、もち……あんた、いったい何者なの……?」
ベッドの足元でふんぞり返るもちが、どこかドヤ顔に見えた。
【もち視点】
「ふむ……人間界の“動画”というやつは、なかなか使い勝手が良いな」
吾輩のあくびを記録しただけで、世界中の人間が騒ぎ立てているとは。誠に愉快なことである。
「みのり、ちゅ~るの追加供給を要求するぞ」
だがみのりは、スマホ片手にあたふたと部屋中を走り回っていた。
「うそ、うそでしょ、これ……収益化……できるの!? スパチャは!? 広告収入!?」
人間の顔が徐々に現実味と欲望で満ちていくのを、吾輩はじっと観察していた。
「……この者、化けるかもしれんな」
【みのり視点】
「えっ、バズったってことは……収益化大幅UP!?」
心臓がバクバクする。まさかの40000人超え。夢かと思って頬をつねってみたけど、痛い。これは現実。
「だって……趣味でちょっと動画あげてただけなのに……!」
実は、数ヶ月前にSNSで“もちの寝顔”を載せたとき、それが思いのほかいいねがついて、なんとなくで動画を作った。
それがここまで来るなんて――。
「……もしかして、これって運命?」
ぽつりと呟いた私に、もちがのそのそと膝に乗ってきた。
「もち、もしかして……あなたが、私を助けてくれようとしてるの?」
――あの頃のことを、少しだけ思い出す。仕事が辛くて、貯金も底をつきそうで、何もかもうまくいかなくて。
でも、そんな時に出会った、ダンボールの中の小さな命。
「……ううん、恩返しなんて柄じゃないよね、もち。あんたはただ……」
ちゅ~るをなめながら、ニャっと目を細めるもちを見て、私は思わず笑ってしまった。
「ありがと。なんか、ちょっとだけ、前向きになれそう」
【もち視点】
「ふむ、そろそろ“もち公式チャンネル”なるものを作るべきかもしれんな」
――などと考えていたところ、ピロンと新たな通知。
【「猫もちのあくび」まとめ動画が某まとめ系ニュースに掲載されました】
……ん?
それは、何やらすごいことになりそうな予感である。
【みのり視点】
「え、Yahooニュース!? ええええっ!?」
画面に載った「話題の猫・もち、あくびだけで世界を魅了!」の文字。
「嘘でしょ!? もしかして私、今すごいことになってない!?」
どうしよう、これ取材とか来ちゃう!? テレビとか!?
「ま、まずは部屋の掃除しないと……!」
パニックの中、みのりは手当たり次第に部屋の片づけを始める。洗ってない皿、床に転がった靴下、もちの毛だらけのクッション。
「も、もち~!今度から毛づくろいはこまめにお願いねっ!」
【もち視点】
「それは、吾輩の仕事ではない」
そう言いたげに、ふわりとみのりの膝に乗って、丸くなる吾輩。
どうやら、我が家はしばらく賑やかになりそうである。
次回、第36話「もち、ついに“テレビ取材”が来る!?」に続く。




