第23話:もち、エアコンと対話する
吾輩は猫である。
名前はもち。夏である。
いや、まだ暦の上では初夏らしいのだが、すでにこのアパートには魔の陽気が忍び寄っている。
窓から差し込む日差しは鋭く、床は昼過ぎになると焼け石のように熱を帯び、吾輩の肉球がひっつくレベルである。
「うにゃぁ……(これは灼熱地獄……!)」
本日、吾輩はテレビの裏という地味な避暑地にて、うつ伏せのヘソ天という謎のポーズで気絶寸前になっていた。
そこへ、救世主が現れた。
「よし……今日はついに、あれの力を借りよう!」
ご主人様・みのりが、なにやら白い四角い機械に向かってリモコンを構える。カチッという音とともに、「ウィィィィン」という低い起動音。
ぶぅん……と、天井近くの謎装置から冷風が放たれた!
「にゃっ……!? これは……この感触……!」
冷たい風が、そよそよと吾輩のヒゲをくすぐる。あの重苦しい熱気が一気に吹き飛び、まるで冬の天国の門が開いたようだ。
「エアコン様……!!」
吾輩はその場で転がり、腹を見せ、感謝の舞を捧げた。
◆
こうして、我が家に“エアコン”という神が顕現した日――吾輩は確信した。
この白き箱こそ、現代文明の叡智!
夏を乗り越える者にして、快適の使者!
さすが人間文明のトップに君臨する装置、エアコン様!
それからというもの、吾輩は朝になるとエアコン様の下に陣取り、風向きにあわせて身体の角度を調整しながら昼寝にいそしんだ。
みのりが出勤するときなど、こうである。
「もち~、行ってくるね!エアコン切るよ~」
「ふぎゃっ!? まっ、待て、ご主人様、それは愚行!!」
「電気代が~~~~~!!」
そのままパチッと電源が切られ、再び蒸し風呂地獄へ突入する吾輩。
「おぉ……エアコン様……あなたが去ってしまわれた……」
吾輩はその場で崩れ落ち、白い箱の真下で魂を抜かれていた。まるで失恋した浪人生のように、虚空を見つめるのみ。
◆
だが、夜になると再び――
「ただいま~~!あっつぅ!もうムリ!」
カチッ。
「ブォォォ……」
「うおおおおお……帰ってきたあああ!!」
エアコン様、再臨!
吾輩は狂喜乱舞して走り回り、カーテンに登りかけてご主人様に怒られた。
だがそれほどまでに、この清涼な風は偉大なのである。
そしてある晩、事件は起きた。
◆
その夜――みのりはエアコンの真下で横になりながらスマホを見ていた。吾輩もその隣に寄り添い、エアコン様の風に当たりながら快眠モード。
ところが、突然。
「ピー……カタカタカタ……」
「ん?エアコン止まった?」
風が止まり、沈黙が訪れる。
「えっ、ちょ、なんで今!?え、壊れた?寿命?このタイミングで!?」
ご主人がリモコンをカチカチ連打するも、動かぬエアコン。
「ぴ……ぴ……ぴ……」
無慈悲な電子音が響き、表示画面には「H28」というエラーコードが浮かび上がる。
「も、もち~~!!どうしよう、詰んだ!」
「にゃあああ!(これは神の怒りである!)」
◆
その後、窓を開けても焼け石のような熱風。扇風機を回しても、ぬるい風が顔に直撃。ふたりでアイスを食べてもしのげず、床に転がるしかない。
「うっ……ちょっと熱中症気味かも……」
ご主人様がふらりとソファに倒れ込む。
「にゃ!?(大丈夫か!)」
吾輩はすぐに駆け寄り、そのおでこに手を当てる――は無理なので、代わりに額をぺたっと舐めた。
「うわっ冷たい!ちょ、やめて~~もちぃ~~!」
「にゃ!(貴殿の無事を祈っての行為である)」
みのりは笑いながら水を飲みに立ち上がった。どうにか復活。
このとき、吾輩は決意した。
――この家のエアコン、守る。命にかえても。
◆
翌日、みのりは管理会社に電話し、エアコンの修理を依頼。
「明日、業者さんが来てくれるって!」
「にゃ!(よくやったぞ!)」
翌日の午後。
修理のお兄さんが工具箱を持ってやってきた。吾輩は警戒心マックスで陰から見守る。
「へー、この猫ちゃん、じーっと見てますね」
「もち、エアコン見張ってたのかな~?」
作業は約30分ほどで終了。「ファンの一部が故障してたみたいですね~」と爽やかに帰っていった。
そして――
カチッ。
「ブォォォォ……」
エアコン、復活!
「にゃふぉおおおお!!(神が戻られたあああ!!)」
吾輩はうれしさのあまり三回転してから、みのりの足に抱きついた。
「ありがとね、もち。夏の間、一緒に涼もうね」
「にゃ(当然である)」
エアコンの下。
ひんやりとした風に包まれて、吾輩はまたくるりと丸まり、満足そうに寝息を立てた。
ご主人様の横で、涼しい夜を迎えるのであった。
次回、第24話:もち、まさかの“ダンボールハウス”建設計画 に続く。




