第22話:もち、ベッドの主と化す
吾輩は猫である。名前は「もち」である。
ご主人様・みのりと正式に“家族”になってからというもの、吾輩の領地拡張は順調に進んでおる。リビングのカーペット上、押し入れの奥、電子レンジの上、キッチンマットのど真ん中――すべて吾輩の縄張りである。
そして、ついに本日、最終防衛ラインを突破した。
そう、そこは「ご主人様のベッド」である。
それは毎晩、みのりがふかふかに布団を敷いて眠る神聖な場所。吾輩も何度か足を踏み入れたことはあったが、基本的に「寝入りばなに撫でまくられて逃げる」か、「夜中にこっそり潜り込むも寝返りで潰される」かのいずれかであった。
しかし、今朝――吾輩は革命を起こしたのである。
◆
「うー、今日は寒い~……もち~、お布団でぬくぬくしよう?」
いつもなら、吾輩はこたつに逃げ込む時間であった。
だが、今日はなぜかご主人の布団が、やけにふわふわで甘い香りがしたのだ。
これは、誘っておるな?
吾輩は慎重にベッドの縁に前脚を乗せる。そして、おそるおそる体を沈める。ふか……ふか……!
「うっ……これは……!」
包み込まれるようなぬくもり!柔らかいマットレス、軽い羽毛布団、そしてご主人様の足の間という絶妙な隙間!
「にゃふ……(完璧な寝床である)」
そう判断した吾輩は、堂々と布団の中央に鎮座。顔をちょこんと出し、目だけを動かして室内の警戒。ちょっとでも不穏な気配があれば飛び出す構え。
だが、何事も起きなかった。
「ふふっ……今日はもちが一緒に寝てくれるの?」
ご主人様がそっと横に寝転ぶ。手を出すかと思いきや、やさしく見守るだけで、撫でもなければくすぐりもない。
……この距離感、心得ておる。
やがて、布団の中で、吾輩は目を閉じた。聞こえてくるのはみのりの寝息と、外を走る電車の音。そして、ふわりとした安心感に包まれて――
すぴー……すぴぴー……
その瞬間である。人類最後の砦が、吾輩の支配下に置かれたのである!
◆
翌朝。
「……え、なんで私、布団の隅っこで寝てたの……?」
目を覚ましたみのりは、ベッドの中央でヘソ天になって爆睡している吾輩を見て絶句していた。
「え、うそでしょ。もち、なんでそんなに真ん中で堂々と……」
「にゃ。(それは吾輩が主だからである)」
吾輩はすでに人の言葉など不要。
背中で語る男、いや猫である。
それからというもの、吾輩は毎晩ベッドのど真ん中で眠るようになった。布団をぴったりかぶり、時に枕を使い、時に足を投げ出して、ご主人様のスペースをジワジワと奪っていった。
「もちぃ~、足伸ばせないんだけど~!」
「にゃ~(うむ、文句は聞き届けた。だが、退かぬ)」
寝返りのたびに蹴られても、どかされても、吾輩は不屈の精神で中央をキープ。
やがてみのりも観念したのか、最初から隅っこに丸まって寝るようになった。
◆
ある日。
「今日さ、会社の人に“もちちゃんって一緒に寝る?”って聞かれて、『はい、主です』って答えちゃった」
みのりは笑いながらカリカリを器に入れていた。
「もちが寝る位置に合わせて、私が端に寄ってるって言ったら、『それ猫あるあるですよ~』って言われちゃった」
「にゃふん♪(ふむ、ついに猫族の仲間入りであるな)」
吾輩はふんぞり返ってカリカリをもしゃもしゃ。主たる者、寝床も食事もゆとりがなければならぬ。
夜。
ご主人様が布団を敷くと、吾輩は当然のように一番乗り。くるりと丸まり、ど真ん中で堂々と待機。みのりが歯磨きを終えて戻ってくると、ベッドの中央にはすでに“もち様”が君臨していた。
「はぁ……今日も端っこかぁ……でも……幸せだな」
その声は、ちょっと疲れていたけれど、ほんのりと笑っていた。
◆
吾輩は知っている。
ご主人様はたまに、会社でしょんぼりした顔をして帰ってくる。
ひとりで夜ご飯を食べながら、スマホを見つめて涙ぐむこともある。眠れない夜もある。
けれど――そんなときも、吾輩はここにいる。
ベッドの真ん中で、どんと構えて、温かくて、ふわふわで、ちょっと重い存在として。
「にゃ。(だから、ご主人様――安心して、隣で寝るとよい)」
みのりが隣に布団をかけて丸くなる。ふっと電気が消えて、部屋が暗くなる。
そして、今夜も。
吾輩はベッドの主として、誇り高くど真ん中で眠るのであった。
次回、第23話:もち、エアコンと対話する に続く。




