第18話:アルバムに写る、昔の猫
雨の音が、ぽつぽつと窓を叩いていた。
外は一日中ぐずついた天気。テレビもつけず、スマホも充電切れのまま放置され、部屋には静けさだけが流れている。
そんな中、吾輩――猫のもち――は、ご主人様・みのりの膝の上でぬくぬくと香箱を組んでいた。
雨の日はいつも、こんなふうに、ちょっとセンチメンタルな空気が部屋に満ちる。
「今日は掃除でもしようかなぁ」
みのりが押し入れをごそごそと探って、埃まみれの段ボールを引っ張り出してきた。
「うわっ、何これ……実家から送られてきたままだ……」
中には古い手紙、学生時代のプリント、使い古したノート、そして――一冊の分厚いフォトアルバム。
「懐かし~~」
ページを開いた瞬間、空気が変わった。
そこに写っていたのは、小さな頃のご主人様と、茶トラ混じりのふわふわな猫だった。
小学生くらいのみのりが、その猫の首に鈴付きの首輪をつけて、得意げにカメラを見つめている。
「……にゃんた、だ」
みのりの声が、ほんの少し震えていた。
吾輩はその名前に反応し、写真の上をじっと見つめた。
「この子ね、私が小学生のときに拾った猫なんだ。スーパーの裏で震えててさ、すっごくガリガリで……もちと同じだったんだよね」
そう言って笑うけれど、声はどこか遠い。
「最初はね、親が反対してたの。でも私、泣いてお願いして、毎日ちゃんと世話するって約束して……それでようやく家族にしてもらえたの」
ページがめくられるたびに、にゃんたと過ごした時間が、まるで今のことのように蘇っているようだった。
「にゃんたはね、すっごいお利口だったの。呼べば来るし、お手もできたし、何より……私が泣いてると、絶対そばに来てくれる子だった」
写真の中では、みのりが中学生になって制服を着ている。
その隣で、にゃんたが窓辺にちょこんと座っている。
「中学のときね、ちょっと学校でいじめにあってさ。友達とも距離できちゃって、家でもなかなか笑えなくなってた。でも、にゃんたがいつも私の布団に潜り込んできて……朝までずっと一緒にいてくれたの」
みのりの指が、写真の端をなぞる。懐かしさと、少しの切なさが入り混じった表情。
「誰にも言えないこと、にゃんたには全部話してた。泣きながら『今日、また無視された』とか『何が悪いのかな』とか。……何も答えてくれないけど、それでも、聞いてくれてるって感じがしたの」
ページを進めるごとに、にゃんたの毛並みが少しずつ年老いていくのがわかる。
「高校に入るころには、にゃんたはもう年取ってて……毎日薬飲ませたり、トイレの掃除が大変だったり。でも、それでも可愛かった。目が合うと尻尾振ってくれて、それだけで救われた」
そして、最後のページ。
にゃんたが、小さな座布団の上で眠るように横たわっている写真だった。
傍には若いみのりが、小さな花を添えている。
「大学進学が決まった春、にゃんたは眠るように旅立ったの。お別れもちゃんと言えたし、後悔はしてないはずなのに……そのあとは、ずっとペットショップも避けてた。だって、見たらまた思い出しちゃいそうで……」
吾輩は、ご主人様の膝から立ち上がり、そっと写真の上に前足を置いた。にゃんたという猫。かつてこの人間にとって、かけがえのない家族だった存在。
「でもさ、もち。あんたを見たとき、ふと思ったの。にゃんたと似てる、って。顔つきじゃなくて、目かな。どっか寂しそうで、それでも生きようとしてる、って感じがしたの」
……吾輩は、何も言えぬ。ただ、彼女の手がそっと吾輩の頭を撫でるのを、じっと受け止めた。
「にゃんた、ありがとね。私、もう一回猫と一緒に生きてみようって、思えるようになったよ」
みのりはアルバムを閉じ、ぽつりと涙をこぼした。
それでもその涙は、悲しみだけじゃない。
懐かしくて、愛おしくて、そして今の“もち”という猫を大切に思ってくれている、そんな証の涙。
吾輩は、にゃんたの写真の上にちょこんと座ってやった。
「ふむ。吾輩の名誉にかけて、そなたの思い出に嫉妬などしておらぬ。ただ、今の主役は吾輩であることを、念のため確認しておくのである」
「も~もちぃ~、そこ座っちゃダメでしょ~!」
写真の上から引き剥がされながら、吾輩はみのりの腕の中でぐるぐると喉を鳴らした。
きっと、空の上のにゃんた殿も、笑っておることだろう。




