第17話:もち、家の防衛に目覚める(虫との戦い)
夜――。
世は静まり返り、ぼろアパートの一室には、ご主人・みのりと吾輩・もちの穏やかな時間が流れていた。
ご主人はこたつに潜り込み、スマホで何やらポチポチと“社畜の宿題”をしており、吾輩はその足の間で丸くなっていた。
眠い。非常に眠い。
だが、静寂の中に――奴は現れた。
カサ……カサ……
「……ん?」
「んにゃ……?」
天井付近で、何やら不穏な動きが。
白い壁を、黒くて、ちょこまかとした何かが……這っている。
「むっ……?」
吾輩は瞳孔をぐわっと開いて跳ね起きた。
あれは――虫である!
しかも、やや大きい!羽もあるぞ!?まさか、ヤツ……!?
「ひっ……うそっ、ゴ、ゴッ……ごきちゃ……!?」
ご主人の声がわずかに裏返った。
その声を聞いた瞬間、吾輩は悟った。これは、ただの“猫の本能”ではない。
これは、使命である。
「吾輩が、守らねばならぬ――ご主人を!」
パチン、と爪が出る。
耳がぴくりと動き、背中の毛が逆立つ。
背筋に雷鳴のような緊張が走った。
目標、天井の角。
動きは遅いが油断できぬ。
一歩、二歩……ふわりとソファに跳び乗る。そして机へ。照準を合わせて――ジャンプ!
「にゃあああああ!!」
バチィン!
「ぎゃぁあ!もち、壁叩いちゃダメぇええ!」
当然である。
だが、吾輩は止まらぬ。
虫は落下し、今度はカーテンに逃げた。
「にゃあぁああああ!!」
ガサガサガサッ!!
吾輩、カーテンに突撃。縦横無尽に駆けまわる!
「や、やめてぇええカーテンそれ楽天のセールで……!」
その悲鳴も届かぬ。吾輩の世界には、今――虫しか見えていない。
敵が壁の裏へと姿を隠す。その瞬間、机の上に飛び乗って、パソコンをバチン!
「もっち!そこ!そこっ!やめてっ!!そこはレポート保存してない!!」
「にゃっ(静かにせい!吾輩は今、戦っておる!!)」
と、その時である。
敵が再び姿を現した。
なんと、床の上!うごめく黒い点!これは……絶好のチャンス!
吾輩は肉球を忍ばせ、すぅっと忍び寄り――
ポフッ!
「にゃっふーーん!!」
一撃必殺!吾輩の一打が、虫を封じる!
だが奴もなかなかのもの、脚をジタバタさせて反撃を試みる。
「くぅ……ぴちぴちしとる……なんという生命力……!」
吾輩、ビビる。
結果――
「あ、もっちどいた!今!」
バチィン!!
ご主人様、ティッシュ三重包みでトドメの一撃!
「……やったぁ……勝った……!」
ふたりでしばし沈黙。
部屋には、勝利の余韻と破壊の残骸が静かに横たわっていた。
そして――戦後処理。
みのりはため息をつきながら、机の上のパソコンをなでている。
「レポート、全部消えてた……」
「にゃっ(それより吾輩の功績を讃えよ)」
吾輩はドヤ顔でご主人の足元に座り、しっぽをぴんと立てた。
みのりは、そんな吾輩を見てフッと笑った。
「……ありがとね、もち。こわかったよぉ、ほんとに……。もちがいなかったら私、部屋出てホテル泊まってたかも」
「にゃ……(ふ、当然の結果である)」
頭を撫でられる。戦いで火照った体に、優しい手のひらが心地よい。
「よし、ちゅ~る一本あげようか!」
「ぬぉぉおおん!!(神はいたぁああ!!)」
深夜。
すっかり虫の気配が消えた部屋で、吾輩はみのりの胸の上に陣取りながら眠る。
「ふふ……もち、ありがとね」
「にゃぁ……(吾輩に、任せておけ……)」
虫ごとき、なんのその。
ご主人の安眠のためならば、たとえ火の中、カーテンの中、ゴミ箱の奥までも――
吾輩は戦うのだ。
そう、吾輩は、家の防衛隊長である!
次回、第18話:アルバムに写る、昔の猫 に続く。




