第13話:スマホカメラとの闘い
朝。
ぼろアパートに差し込む日差しが、カーテン越しに淡く部屋を照らしていた。暖かい。非常に心地よい。吾輩はその光の中、見事なヘソ天ポーズで全開のリラックス状態にあった。お腹のもふもふを惜しげもなくさらけ出し、ご主人の枕のど真ん中を堂々と占領していた。
「ふぁぁ……にゃむ……至福……」
だが、その幸せな時は――突然、音もなく終わりを告げた。
「よし、今日はインスタ更新日だよ!もっち~、起きて~!」
その声と共に、黒く光るスマホが顔の至近距離に突き出された。
「ふにゃッ!? ちょっ……ま……近いっ!」
吾輩は寝ぼけた顔をカメラで接写され、わけもわからぬまま「カシャカシャカシャッ」と連写音に晒された。
「やめろぉぉぉ!まだ朝のご挨拶も済んでおらぬのにぃ!」
「う~ん、でも今の寝起き顔、超かわいい~♡これはバズる予感!」
「バズらんでよろしい!」
朝からこの仕打ちである。
ご主人――社畜OLことみのりは、最近SNSにご執心で、ことあるごとに吾輩を撮影しようとする。ご飯中。トイレ後。水を飲んでいるとき。果ては、寝言を言った瞬間まで。
「猫にもプライバシーというものがあるのだぞ……!」
本日はどうやら、全力で「映え写真」を狙っているらしい。しかも悪質なことに、ちゅ~るやお気に入りのネズミのおもちゃで気を引き、気を抜いた瞬間をパシャリするという作戦を多用している。
「こっち見て~、もち~♡ ちゅ~るあるよ~♪」
「……ぬう、その封は開いておらぬ……フェイクちゅ~る、許すまじ」
「じゃあこれは? ほら、ちゅ~るwithささみ!」
「…………ぐぬ……そ、それは……本物……ッ」
カメラのレンズが吾輩を狙うその後ろで、ご主人はニヤニヤと笑っている。油断すれば、もふっとした顔が全国のネット民に晒されてしまう。
「させるものか!吾輩は戦うぞ!」
吾輩は全速力でカーテンの裏へ避難。だが、ご主人は家具の影からスマホを構え、まるで野生動物ドキュメンタリーの撮影班のように忍び寄ってくる。
「いいよ~もち、今の顔めっちゃワイルド~!うんうん、野性味あるよ~!」
「野性味とか求められておらん!吾輩はただ平穏に寝たいだけなのだッ!」
そして――ついに、運命の一枚が撮られてしまった。
それは、偶然カーテンの隙間から顔を出した瞬間の、驚愕と怒りの混じった「キレ顔」。耳を伏せ、目を見開き、口を「ω」型にへの字に曲げたその表情は、なんと「怒ってるのにかわいい」としてご主人の心にズキュンと刺さったようである。
「これ!これよもち!!この『ブチギレもふもふ』感、最高ぉ~!!」
そして、ご主人は問答無用でSNSに投稿してしまった。
「もち様 、怒ってても尊い 。怒り顔天才 、うちの猫が一番かわいい」
「やめろォォ!吾輩の名誉が全国にッ!」
だが、事態は思わぬ方向へと転がった。
「わ、もちの写真に“いいね”100件超えてる!?通知止まらん!うわああ!」
「むっ……?」
みのりのスマホがぶるぶる震え続けている。
どうやら本当に“バズ”っているらしい。彼女は「もち人気すごすぎ!これグッズ作れんじゃない!?」などと謎の夢を語り始めている。
「ふむ……そんなに注目されてしまったのか、吾輩……」
内心、まんざらでもない。もちろん表向きは「カメラなんぞ興味ないのだ」とそっぽを向いているが、ご主人がスマホ画面を見てにこにこしていると、なんだか嬉しくなる自分もいる。
「やはり吾輩は、可愛いのであるな」
夜。
布団の上でスマホを片手に寝転がるみのりの横に、そっと身体を寄せてみる。彼女はすかさずシャッターを切ろうとしたが、吾輩はその手に頭をすりっと押し付けてやった。
「今日は撮ってもよいぞ。特別である」
「もっち~!今日は甘えん坊なの?天使……!尊い……!」
「まあ、その呼称は否定せぬが」
この夜の吾輩は、シャッター音に怯えることもなく、ただ静かにご主人と寄り添って眠った。
カメラは敵――
……だと思っていたが、ご主人が笑顔になるなら、たまには悪くない。
だが。
「よ~し、明日は動画チャレンジいくよっ!」
「……動画……? 貴様、それ以上はやめるのだ……!!」
次なる戦いの火種は、もう上がっていたのである。




