四十二
サンドイッチやパイを詰め込んだバスケットを持って別荘の近くの高原にピクニックに来ていた。山々から木立を通る風のお陰で涼しくて寒いくらい。ご令嬢達はピクニック用の色とりどりのワンピースドレスで華やかなの。それに引き換え私は……。いつも通りお兄様のフロックコート。薄い水色の生地に金糸銀糸の縫い取りの素晴らしい上着とひらひらなブラウスが某歌劇団の男役を彷彿とさせているんだけど。追いかけっこをして、私を捉まえてごらんなさいなどと楽しいことをして……、いませんよ。
有名な詩を朗読したり、刺繍をしたりしているご令嬢まで、共通なのはおしゃべりが止まらない。社交界の独身美形男性の情報交換がされたり、ドレスやアクセサリーの流行や美味しいお菓子の話で弾んでいます。
「今現在は何と言っても王太子様が素敵ですわ。ジョーゼット様とお似合いですこと」
「あら、アーシア様だって、でも、ルーク様が何と言ってもダントツですし……」
ルークお兄様が意外と人気でびっくりしています。
白樺っぽい木立の中を散策していると気が付けばジョーゼットと二人になっていた。パキリと小枝が足元で折れる音ぐらいしか聞こえないほど静かだった。大分奥まで来たのかしら? だけど木々の間からは護衛の姿が見受けられたので一先ず安心する。
「……ねえ、アーシア。私はあなたと出会ってから色々と考えていたのよ」
「何を?」
もしや庶民臭がして、嫌だとか。感性が庶民だとか。アーシアも気が付いてしまったのかしら? 私は少し身構えていた。いいえ、何なら、ここで暴露するも良し!
「そう、王太子様のご身辺のことで……、色々とね」
「え、ええ。まあ、庶民で……、は? 王太子様?」
私はジョーゼットの言葉にしどろもどろになっていた。
「私ね。あなたの方がアベル王太子様に相応しいと思ったの」
私はジョーゼットの言った言葉が暫く意味を理解できなかった。
「私が王太子に相応しい?」
「ええ、だから私は婚約者候補を辞退しようと考えているの」
ジョーゼットは肩を震わせて俯いていた。
――ふぁっ? 何がどうして?
私が呆然としているうちにジョーゼットはいたたまれなくなったのか突然俯いたまま小走りに駆けだしたのよ。私は慌てて我に返って追いかけたの。こっちはズボンだから直ぐに追いついて、ジョーゼットの細い手首を掴まえた。
「ジョーゼット、ちょっと待ちなさい。私の話を聞いて頂戴。そもそも私は候補とかなっていなくて……。ルークお兄様が……。色々と無理!」
それでもジョーゼットは黙って俯いたまま。私はとうとう大声で叫んでいた。
「それに私はミーシャ商会のガブリエラちゃんと赤子の時に取り違えられているのよ! 庶民なのよ! だから王太子様の婚約者になるなんて無理なの!」
私は走ったことと叫んで息切れして後はぜえはあとしか言えなかった。ジョーゼットは驚いて涙に濡れた顔を上げてやっと私の方を見上げてくれた。
「そう私は庶民だったのよ。今まで騙しててごめんなさい。ジョーゼット。もう、お友達でもいられないわね……」
私は自分を見上げてくるジョーゼットの可憐な泣き顔にハートを打ち抜かれていた。自分の言ったことよりジョーゼットの超絶可愛い顔の方に意識がいってしまう。私の叫びにジョーゼットはうるんでいた瞳をぱちぱちさせていた。どうやら泣き止ませることに成功したみたいね。
「え? ミーシャ商会と。取り違えとか、アーシア、一体何のことなの?」
「ミーシャ商会って知ってる? そこの娘さんがねガブリエラちゃんって言って、その子と私が病院で間違われているの」
「ミーシャ商会は存じています。商工会ギルド長のお家ですわ。けれど赤子を間違えるなんて、そんなこと……」
「そうよね。どうやって間違えたのか、分かっていたらそれを証拠に元に戻れるのよねえ。ガブちゃんともう少し話をしておけば良かった。家に戻ったらまた相談しようかな。任せてなんて言ってたし」
「ガブちゃん?」
ジョーゼットはそう言うとぴたりと泣き止んでまだ涙目だけど拭ってこちらを見上げてきたの。睫毛が光ってまた神々しい。
「ガブリエラって長いからガブちゃんって呼んでいるの。本人からも了承を得ているのよ」
「……愛称で呼ぶなんてアーシアと随分仲が良いようね」
「えーと。仲が良いとかでなく。そうねえ。今は戦友のような感じね。この前のほら、家は色々とあってね。バカンスが切り上げになったじゃない。そのときに家に来ていたのよね」
「……その方が、アーシアのお家の別荘に遊びにですって? 私より先に……」
泣き止んだのは良いけれどなんだがジョーセットの雰囲気がおかしい。
「ええ。泊まってもらったのよ。お友達とお泊りなんて初めてだったし。二人きりでのんびりしてて楽しかったかしら。ちょっと、ジョーゼットどうしたのよ?」
「アーシアとルーク様がいらっしゃる別荘にいらして、それにアーシアと夏の浜辺で戯れるなんて。それもアーシアと二人だけで……」
――え? そこなの? 喰いつくところ。違うでしょ?
ジョーゼットは口に手を押し当てて、ぶつぶつそんなことを繰り返して呟いていた。それも可愛いらしいけどね。
「そんなに海辺が好きならジョーゼットも是非いらして? 海は逃げませんもの。でも私もいつまで侯爵家にいられるか分からないし。ルークお兄様もいらしたけれどお仕事が忙しくて、もっぱら私とガブちゃんだけで遊んでて。ああ、そうでは無くて、私はいずれは庶民に戻ることになるからね。王太子様の婚約者候補なんてとんでもないの。目指せ炬燵でみかん。半裸でアイスなのよ」
「うふふ。まあ、嬉しいわ。アーシア、今度こそ、絶対よ。だけど庶民といっても、ミーシャ商会ほどのところでしたら、その内王宮で取り立てられて準貴族になるかもしれなくてよ? 今も出入りをなさってるし。それに……」
「それに何なの?」
「このことをルーク様にはご相談されたの?」
「話したけど全然聞いてくれなかったの。だから、困っているのよ」
私がそう言うと花が綻ぶようにジョーゼットが微笑んだ。
「ルーク様なら、きっとそうだと思うわ」
「だから、早くこの間違いが発覚して欲しいのだけどね。もう、やっとジョーゼットが笑ったわね」
私は超絶可愛いジョーゼットの頬に両手を添えるとこつんと額と額を押し当てて呟いた。
「あーあ。さっさと庶民に戻りたい」
「まあ、アーシアったら……」
何故かジョーゼットは顔を真っ赤にしていた。
何かまずかったかしら? でも、額をごっつんこするのは仲直りの定番よね。何故かは分からないけれどジョーゼットを泣かせた訳だしね。




