三十六
夕食に起こしてくれた時には私は自分のベッドで目覚めた。そして、翌日になると威勢の良い掛け声と共にガブちゃんがやってきたのだ。
「おはようございます! ルーク様。ご招待いただきありがとうございます。お言葉に甘えて参りました」
貴族は朝はゆっくりなのよね。でも朝から元気なガブちゃんを見ているとこっちも元気になるわ。お兄様はお貴族様にありがちな朝は弱い方だから、あのお兄様がやや押されているのは見物よね。
「いらっしゃい。ガブちゃん。お待ちしておりました。どうぞごゆっくりなさってね」
「ありがとうございます。アーシア様。皆様方には心ばかりの品をお持ちいたしました。どうぞお納めください」
そういって馬車から数々の品を持ち出してきた。ガブちゃんは意外というのは失礼だけど商売人としてはやっていけそう。
早速私はガブちゃんの部屋に案内した。途中物珍しそうにきょろきょろするガブちゃんの姿は結構可愛いかも。
疲れただろうと部屋を出ようとしたら、ガブちゃんは館を見学したいと申し出た。私は屋敷の中を案内することになって、侍女や護衛達は遠巻きなのでこの距離なら聞こえないだろうとガブちゃんに身を寄せて訊ねてみた。
「「それで、どこまでいってるの?」」
同時に同じ言葉を発して思わず私達は顔を見合わせてしまうと次の瞬間盛大に吹きだしていた。
館の案内もそこそこにガブちゃんを客間に連れて行き、使用人にお茶を持ってきてくれるように伝える。そして、ソファに座るとひそひそと話を始めた。
「ガブちゃんにはいろいろ聞きたいことがあるの」
「それはこっちのセリフよ。大体あなたは『ゆるハー』のライバル令嬢、それも悪役令嬢じゃないの。どうして王太子様の妃候補になってるのよ?」
「あ、いや、それは深い事情があって。そもそも、それはルークお兄様のせいで。それに三年後にはどっちにしても無理じゃない。ガブちゃんだって分かってるでしょ?」
ある意味この取り違えを共有できるガブちゃんがいてくれて良かった。
「まあ、そうなんだけど。あなたはそもそもユリアンルートのときに邪魔をしてくる筈なのに。そうよ! ユリアンで思い出した。どうしてこんな初期からユリアンの好感度をMAXにしてるのよ。そのせいで私が狙えなくなったじゃん」
ぶつぶつとガブちゃんは文句を言い始めた。
「え? ユリアン様がなんですって? あ、いえ、ガブちゃんはルーク……。ごほん。お兄様狙いでは……」
私は嬉しくて舞い上がってしまったけれど押し黙った。だって使用人がお茶を運んで来たからね。
「勿論そうだけど。折角だから『ゆるハー』の最難関攻略を目指しているのよ」
私はガブちゃんの心意気に軽く拍手をした。
「でも、じゃあ、ユリアン様は狙わなくてもいいんじゃないの?」
「何よ。『ゆるハー』最難関といえば、全てのキャラを攻略するルートに決まってるじゃん」
「はい? 全て? それって、俗にいう逆ハーでは……」
私の言葉にガブちゃんは力強く肯いていた。
「だから、ユリアンを攻略されてると困るのよ」
「困ると言われても私にはどうしようも、こうしようも。そもそも好感度がマックスてどうして分かるの」
「あら。『ゆるハー』仕様の好感度画面で分かるじゃない。だから、私はゲームの中だと」
「好感度画面って、どんなの? ステータスとかの?」
「はあ? ステータスとかある訳ないじゃん。そもそも選択肢でのアドベンチャーゲームの『ゆるハー』なんだから。好感度表示だけだし円グラフで分かり易いやつ。あのライバルキャラと分け合うパターンの」
「え? 私の方は今のところ上下でしか分からなくて。じゃあ、私のステータスとかあれは何なの?」
「ステータスなんか出てこないけど。『ゆるハー』だって、そんなに詳しく出なかったし。こうやってペンをもって好感度表示と念ずれば出るんだけど。ほら、こうして、でも好感度だけだし、私以外の他の人には見えないけどね」
「本当だ。分からないわね。でも、ペンを持つ? 私の方は何かの机に座ると見えるんだけど」
「机? ペンじゃ無いの? どういうこと?」
お互い画面を呼び出すがどう覗き込んでも見ることは適わなかった。
「それにしてもスキルってどういうことよ。私の方にはそんなのでないわよ」
「そうなの? 女性の好感度が出たりしないの? 私の方には出るのよ。攻略対象者以外も。ガブちゃんのもね」
「はあ? そんなの出る訳ないじゃん。『ゆるハー』なんだからあの好感度は攻略メンバー以外は出ないし。」
「私のはガブちゃんのも出たよ。好感度の上下表示が……」
「マジ?」
私はこくんと肯くとガブちゃんは頭を抱えていた。
「何なのよ。もう、こんなの私の知っている『ゆるハー』じゃないじゃん」
「私も……。そもそもガブちゃんのとは攻略メンバーから違ってたし、私の知ってる騎士団長の息子のジルはよくあるテンプレ爽やか筋肉系の男性だったよ。それに生徒会副会長のクリス様はこの間お話したけど、男性だったし」
「え? クリス様とお話したの? 私は相手にされなかったのに……」
……あれ? クリス様は子爵家立て直しに財力のある令嬢を探している筈なんだけど。
「好感度マックスされたらもうこっちが攻略できないのが『ゆるハー』の基本だったけどここまで違ってくるとどうなるのか分からないじゃん!」
「本当に。それとね。私もこんな状態は不本意なの。出来れば三年後と言わず直ぐにでも取り違えをリークして元あるべき状態にしたいのよ」
「元あるべき……。それって……」
「このまま、私も社交界で目立つようになるのは避けたいというか。早く平凡な市民になりたいのよ」
「あなたが平凡ねえ……。それに取り違えかぁ」
ガブちゃんはそう言うと再び私の全身を見て持ってきたお茶に口をつけると呟いた。私はガブちゃんの言葉に強く肯いた。出来れは一刻も早く庶民になりたい。張り付けた笑顔はもういいの。




