三十七
ガブちゃんはソファに深く座りなおした。どうも話に夢中で私達は立ちあがりかけていたみたいね。
「そもそも私もここへはミーシャ商会の名代としてきたのよ。この海辺の町は貿易港として使われているから商品の受け取りとルーク様へのご挨拶を兼ねて。だから、ミーシャ商会の他の者も一緒に来ているのよね」
「何だか、ガブちゃんが別人に見える。最初会った時は攻略のことしか言わなかったし、さっきなんて逆ハーなんてことを言っていたのに」
「最初は私も記憶が戻ってハイテンションになっていたというかなんというか。でもあなたに会って、そういうのもありかと考えるようになると色々とおかしいとこに気が付いてね。『ゆるハー』じゃない場合もあるかもと考えたのよ。そしたら少し落ち着いてきたというか。やっぱ、ミーシャ商会って今ノリに乗ってるし、取り違えが分かるまでは家業も手伝いたいから、いろいろ勉強してるとこなんだよね。今回の孔雀の扇子も私のアイディアなんだから」
「凄い。実はガブちゃんもいろいろと考えていたんだ」
「ふふん。それより、ステータスってどんなのがあるの? スキルとかも。私も無いかなぁ。商談スキルとか交渉スキルとか」
「あ、私はムチ使いをカンストしてた」
「ぶはぁ。ムチ使いって何なのよ。カンストって、貴族令嬢にそれ必要? 笑える。普通気品とかそんなのじゃないの。あははは。未開地でモンスターでも狩ってくるつもり? 大体どうやってそんなの取得してカンストまでいったのよ! 超笑えるんだけど」
ガブちゃんはそう言って腹を押さえて大笑いしてしいた。その姿につられて私もつい笑い出してしまった。それは何だか懐かしい雰囲気になっていた。あの遠山明日香であった頃の、学生時代の友達といた頃のようで。
昼食の時間になって食事を済ますとガブちゃんは海岸に行きたいというので、ぞろぞろとお付の者を引きつれて向かった。ガブちゃんだって、一般市民といいつつ商業ギルドの長を務めるお家なのでやっぱり一人で外出ということは少ないみたい。
「ガブちゃんちに行ったら、お付の人はいないと思ったのに」
「甘いわよ。うちだってこの国のギルドの長までなっている家だもの。そりゃあ色々あるわよ。庶民は庶民なりにね。まあ、お貴族様程じゃないけどね」
「キャー。気持ち良い。海も砂も綺麗ね! それにプライベートビーチなんて、流石名門モードレット侯爵家」
侍女達が私達に大きな傘を差してくれている。これで海のバカンスと言えるのだろうか? それでも南の海のようなアクアブルーに真っ白な砂浜。ガブちゃんと水遊びを楽しんだのよ。そしてガブちゃんはぼそりと呟いた。
「後はそうね。ビーチボールに、西瓜割り、海の家、焼きそばにかき氷……。花火なんかも売り出したいわね」
……ガブちゃん、流石良く分かってくれるわね。
ガブちゃんが来てから充実した別荘ライフを私は楽しんでいた。但し、お兄様からは外に出るのは禁止されてしまった。日焼けしちゃうからね。だからもっぱら居間でおしゃべりをしている。それも楽しいの。
でもガブちゃんはミーシャ商会の名代として来ているので、この町の商業ギルドに呼ばれて顔を出しに行ったり、商談に参加したりと結構忙しそう。そんなガブちゃんを見て私も頑張ろうという気になってきたわ。だからガブちゃんがいないときにお兄様のところで何かお手伝いをしようと執務室に入ってみたのよ。
「どうしたのだ? アーシア、もう遊び飽きたのか?」
「お兄様のお手伝いをしようかと思いまして。私にも何か出来ることはありませんか?」
「お前がそんなことを言い出すとは……。そうか、ミーシャ商会のお嬢さんだな。彼女はどうやらこの町でミーシャ商会の事業のことをいろいろと手伝っているようだな」
「ガブちゃんがそんなことを……」
初めて会ったときは、攻略ルートのことしか叫んでなかったから、本当に成長したのねぇ。
「まあ、お前は近日にも我が家にお忍びでおいでになるアベル王太子様のお相手をしてもらう予定だ」
「王太子様が何ですって?」
「ふ。昔から、我が家でたまに逗留されていたのだ」
そんなの知りませんわ。お兄様。そんな馬鹿な。無理無理。そうだわ。ジョーゼットを呼べばいいのよ。
「そのためにミーシャ商会に特別なドレスを仕立てて届けてもらったのだ」
確かにガブちゃんが来るときにドレスとか手袋などのアクセサリーを一緒にもってきてくれた。ガブちゃんもきちんとお店のお手伝いをするのね。最早、乙女ゲームじゃなくて経営シミュレーションにでも変えるつもりなんだろうか……。
そんなことを考えていたら町での戦利品を持ってガブちゃんが戻ってきた。
「海辺の町だからいろいろ変わったものがあったのよね。それに小さいながら町の細部までいろいろと行き届いている。あなたのお兄さんはやっぱりやり手よね。イケメンだしさ!」
「私の、というよりガブちゃんのお兄さんになるんじゃないの。でも、ガブちゃんもお店の手伝い頑張っているのね。『ゆるハー』攻略者の陥落に忙しいと思ってた。逆ハーだとか……」
「……流石にログアウトできないゲームなんてある筈ないじゃん」
そう言うとガブちゃんはうちの使用人の方を見遣ったので、私は黙って肯いてみせた。ガブちゃんは私の耳元に口を寄せてきた。
「まあ、ちょっとここのとこハイテンション状態だったけどさあ。私も段々とここが『ゆるハー』に似た世界かもしれないと思うようになって、何だってゲームとはいろいろ違うところもあるし。だけど逆ハー狙いとは別に家業だって盛り上げたいじゃない? チートってやつ? でもやっぱりイケメンと結婚もしたいし……」
言い終わるとガブちゃんは客間に今日の戦利品を並べてくれた。その中でも一番可愛い貝殻のネックレスを見せてくれた。
「後さあ、これがあるならカメオが作れる筈」
「カメオ?」
正直言われても私はピンとこなかった。
「ほら、貝に肖像画とか描かれてて、ブローチに良くあるやつよ」
「そうなの?」
「あっちの中世じゃあ、貴族が作らせて高級品なんだから……」
私は特に興味も沸かずガブちゃんのその話を聞いていた。すると私の両手をぎゅっと握ってきた。
「だから、ルーク様との仲を取り持ってよね」
「え? だって、ここ『ゆるハー』に似てるから、やっぱりルークお兄様とは兄妹の可能性があるんじゃない?」
「だって、もうそれもどうだか分からないじゃない。そもそもあんたの評判だって。彗星の如く現れた第二の王太子妃候補って? そんな展開『ゆるハー』に無かったじゃん。新聞のトップを見て吹きだしたんだからね。彗星令嬢!」
「あー、あれね……」
私は連日書きたてる新聞の社交欄のゴシップにはかなりウンザリしていた。あんな根の葉もない噂話ばかり。深窓で育った麗しい侯爵令嬢って誰の事? 私かぁ?
「ローレン公爵家の焦りなんて煽られて、気をつけなさいよ」
「な、どうして?」
「バッカじゃないの? 向うからしたらあなたはぽっと出てきたライバル候補、それもこんな瀬戸際にね。最終婚約発表の間際じゃないの。最悪暗殺なんてされかねないじゃん」
「暗殺なんて……。まさか、でもジョーゼットも直にここに来てくれる筈なのよ。それに向うの別荘に招かれてるし。そもそも私が王太子妃候補なんて冗談キツイよ」
ガブちゃんと話している内に楽しい夏のバカンスが殺戮めいたものになってしまった。
「だから、早くこの取り違えをリークしてよ。ガブちゃん。『ゆるハー』でのあの展開ってどうだった?」
「あ、あれ思い出そうとしたけど。エンドロールに毛の生えたような感じでしょ?」
「やっぱり……」
「まあ、色々考えておく、判明するのはお互い早い方が良いしね」
「お願いするわ」
私は盛大な溜息をつくと後で淑女らしくないとルークお兄様からお叱りを受けたわ。誰? ルークお兄様に告げ口したの……。どうせなら話の内容も告げ口しておいて欲しいわ?




