二十八
翌日、ゆっくりと私は学園の寮に戻った。他にも戻られている方もいてテラスで一緒にお茶をするとこになった。やはり休日のことが話題に上がっていてそれぞれの成果を話し合っている。
「――まあ、アーシアはユリアン様とガーデンパーティに行っていたのね。教えてくれれば私も行ったのに」
ぷうと頬を膨らませるジョーゼットはとても可愛い。
「そうですわ。私どももご一緒しましたのに。残念ですわ……」
そんな風に周囲からは声が上がっていたが、私は侍女が持ってきてくれた生クリームの乗ったシフォンケーキをそっと口に入れるのに意識を集中させていた。
でも、あのクリス様のパーティはこのご令嬢方には危険だったかもしれない。それにアデリーヌ様は今日はいらしてなかった。あのクリス様のターゲットにかかってしまっていたら、特にジョーゼットなんて大変なことになるからね。
「それでどちらの?」
「ええっと、レイン子爵の、でもいろいろとあって直ぐ帰りましたの」
「レイン子爵家は古くからの名門ですけど最近は……」
ご令嬢のお一人がそんな事を言い出したが、しっと口止めするような声も聞こえて忽ち消えてしまった。
やっぱり、クリス様のことをご存知な令嬢もいらっしゃるようね。
それにしても『ゆるハー』の攻略対象者は、メインルートのライル伯爵家のユリアン様。次にレイン子爵家のクリス様。そして、私の知ってる隠れキャラのアベル王太子様。騎士団長の息子のジルは私のやった方にもいたけど見た目が全然違う。私の知ってる方はテンプレの脳筋爽やか系だったもの。ガブちゃんが言うにはそもそも攻略対象ですら無いと言っていたわよね。
それにガブちゃんが今回狙っているというルークお兄様は私の知ってる方はライバルキャラの兄がいるという設定だけで立ち絵さえ無かったのよねえ。
でも、ガブちゃんと私の取り違えが分かったら、実の兄妹だから禁断の相手になるのよ。ガブちゃんはゲームの様な感じに思っているけど。いいのかしらね。それに実際のルークお兄様がそんな生易しい相手とは思えないわ。まあ、頑張ってと言うしかないけれどね。
「……じゃあ、そう言うことでいいかしら? アーシア?」
しまった。全然聞いて無かったわ。
「え? ご免なさい。聞いて無かったわ。ちょっと、その考え事をしていて」
「もう、アーシアったら、これから私と一緒に少し庭を散策しましょうと言ったのよ」
「ああ、そんなこと? いいわよ。いつでも」
「まあ、では私達もご一緒させていただきたいわ!」
周囲から口々にそんな声が上がる。
「あら、困ったわね。アーシアったら、人気ものだから。うふふふ」
そんな風にジョーゼットが困ったように笑うのも可愛い。つられて私も微笑んでみせると向かいに座っていたご令嬢がぽっと頬を染めた。
どうしたのかしら? 顔が赤いわよ。今日は暑いのかしらね。
今日も私はお兄様の服を着ている。夏らしい白と鮮やかな青色のフロックコートに襟元がひらひらのブラウス。正しく某歌劇団の豪華衣装のようで楽しい。侍女には手出し無用と断ったわ。着替えは自分で出来て当然なのよ。そして髪はストレートに戻したの。小ドリル頭では眠れやしない。
「皆様、今日はアーシアと二人で歩きたいの。だって、今週末は外出禁止でとてもつまらなかったのですもの。それなのにアーシアはパーティに出て楽しい時間を過ごしたようだしね」
先日の騒ぎでジョーゼットは謹慎をお家から言い渡されているようだった。少し可哀想なので私は承諾した。周囲からは残念そうな声が上がるが、またの日にと言うと次々に散歩の申し入れがあった。
何? 今は気候が良いから散歩日和だけど。散歩がブームなのかしらね。
それから、ジョーゼットと学園内の庭園の散歩に出かけた。二人きりといいつつ。それぞれの侍女も少し離れてついてきている。だけど他のご令嬢が居ないだけで静かだった。
「……私ね。王太子妃になるのは嫌じゃないの。王太子様は素敵よ。だけど少し不安になるときがあって……」
ジョーゼットはそこで言葉を切ると今度は夕焼けに変わりつつある空を眺めた。
そんな気弱なこと言って大丈夫なの? 私も一応高位貴族の令嬢。ルークお兄様からは王太子妃の座を狙えというとんでもないこと命令されている。でも、悪いけど私も前世か何か分からないけど、二十年生きてきた記憶を思い出したから、お兄様に以前みたいに盲目に従うという訳にはいかないわよ。私の人生ですものね。楽しまなくちゃ!
「あら、ジョーゼットとアベル王太子様はお似合いよ」
「ふふ。ありがとう。アーシア。あなたにそう言ってもらえると安心だわ。これからもどうかお友達でいてね」
ジョーゼットは私の手を握り締めてきた。小さくて綺麗なこれぞ貴婦人の手。手袋越しに温かさが伝わってくる。貴婦人は素手にならないのよ。私はほら、ムチの出番があるから手袋は指先ないヤツだけどね。え? それは違うやつって? ほら、私はムチを使うときがあるからノー手袋では怪我をするからね。
そんなことを考えつつ私は暢気にジョーゼットの可愛い笑顔を見ていた。俗にいう禁断の午後の散歩と後で周囲で噂されていることを私は全く知らないままだった。
翌日の午後は良い天気で皆様と学園の庭園を散策することになった。何故か先生までも一緒にいらっしゃるのよ。朝からきゃっきゃうふふとご令嬢方が騒いでいたから、先生の耳にも入ってしまい叱られると思ったら午後の授業は皆で学校内の散策に変わってしまった。なんということでしょう?
学校の庭は美しい花々が今が盛りと咲き誇っていた。庭師もいて季節に相応しい花々が咲くようにしている。まあ、どのお家もそうだけどね。ご令嬢方は花を愛でて詩を口ずさんだり、歌を歌っているので私は彼女らを眺めているとあるシーンとダブってしまった。それは『ゆるハー』の名場面の一つ。
お隣のプリムラ学園の中庭でいたずらな風が吹いてヒロインの髪が木の枝に髪が引っかかって途方に暮れていると――。
『あ、やだ。髪が木に……。困ったわ。どうしよう』
『動かないで。取ってあげるよ』
『あ、ユリアン様……』
『君は綺麗な髪をしてるね。ふふ。それになんて柔らかいのだろう』
ヒロインはそんなユリアン様の言葉に頬を染めて、ユリアン様に体を密着されて、優しくされるというシーン。そんな『ゆるハー』の中でも王道ユリアンルートの急接近シーンを思い出していた。
見たい! 見たいわ。こういうのは大体エニシダが多いのよね。その花言葉は謙虚とか清楚なんだけど恋の苦しみなんてものもあるのよ。ヒロインとユリアン様の許されない苦しい恋。『ゆるハー』で悶えたシーンの一つだわ。あの時の一押しのイケメンボイスの声優さんだったものねぇ。なんてしみじみ思いながら…。




