二十七
「ユリアン様、私……」
「アーシア……」
私の手をユリアン様は優しく握り締めてくれている。
皆様、私は今感激しております。だって推しだったユリアン様に手を握られてるんだもん。じっと私はユリアン様の春の空のような色の瞳を覗き返していた。見つめ合う二人。
ここでエンドよ! ここで終わって! これこそトゥルーエンド! タイトルロールとクレジットまだなの?!
私はユリアン様と見つめ合っていたかったけれど、背後から不穏な気配がした。
「アーシア、あまり強い日差しも肌に良くない。そろそろお暇しないと。お前は昔から体も丈夫な方ではないのだから……」
ルークお兄様の声が聞こえるとべりりと音が出そうなほどユリアン様と引き離されてしまったわ。でもいいの。これからこれを思い出に生きていくから! ゲームが終わったら、ゲットしたスチルや曲が観賞できるシステムがこの世界にもあったらいいのに。
結局、ユリアン様も一緒に帰ることになりクリス様にご挨拶をした。
「もう、お帰りになられるとは残念です。また、ご参加ください。特に、アーシア様には是非……」
そんな意味深な言葉と笑みに私は背筋が思わずぞくりたしたわ。クリス様恐るべし。だけどルークお兄様は私を庇うように前に出た。勿論ユリアン様もよ。ふふん。どうだ!
「そうですね。今回はレイン子爵家の薔薇園を見損ねましたしね。社交界でも、とても評判になっていて興味があったのですが……」
ルークお兄様はそう仰って、あの魅惑的な微笑みを浮かべられた。どこからかご令嬢方のほおおと溜息が聞こえてくる。
「なんとそれは嬉しいことです。家の薔薇園は専門の職人に完璧に管理させておりますから。ではルーク様にもご招待状をお送りさせて頂きましょう」
その言葉で私はまた思い出ししていた。『ゆるハー』の名物の一つ、クリス様の薔薇園。そこにある東屋は『愛の巣箱』と命名されていたの。屋根の上に天使が飾ってあって瀟洒なつくりで、それはそれはアモールな感じが素晴らしいと評判だった。東屋と言いつつ意外と内部は凝った造りになっていて豪華そうな背景なのよ。
そして、そこはクリス様のエンドルートの選択肢の舞台として何度か登場するの。選んだものによってはヒロインがクリス様にいろいろといけないことをされるらしい。それに序盤から強引なクリス様には共通ルートでもいろいろいけない悪戯をされている問題の場所でもある。そんなところにうかうかついて行ってどうなるか火を見るより明らかよね。私はクリス様を攻略してないので詳しくは知らない。スチルも見てない。ちょっと興味はあったけれど、王太子ルートであえなく撃沈してしまったのよねえ。
帰りの馬車はユリアン様とはお別れして、お兄様と一緒に帰ることになった。だけどそれぞれの馬車に乗るときについユリアン様の方を見てしまった。
名残惜しいの。もっとユリアン様と一緒にいたかったわ。そう思って視線を送ると優しく微笑んでくれたの。ユリアン様もそうだと思いたい。
「全く、つまらないパーティだったな。それにお前はよくよく気をつけることだ」
そう言うと無言になるお兄様。いたたまれない雰囲気なのでつい私はお兄様に話し掛けた。
「でも私もいろいろと社会見聞を広めないといけませんし。それにお兄様もこういった催しとかで、そろそろお相手をお探しにならないと……」
ルークお兄様は益々不機嫌そうな様子になってしまった。
「私の心配なぞ無用だ」
「でも侯爵家の跡継ぎは重要だと思いますわ」
「……まだ父上は存命なのだぞ。それに私はいろいろと侯爵家の執務や外交案件で忙しいのだ」
「確かにそうですけど」
私はそう思って黙り込むとお兄様は口元に笑みを浮かべた。
「しかし、お前も、いつまでもユリアン、ユリアンといい加減飽きてこないのか?」
「まあ、お兄様こそ、何てことを仰るのかしら、それこそ飽きませんわ!」
そう言ったものの、後三年後はどうなのだろう? 庶民だと判明したらねえ。私はそっと溜息を扇子で隠した。便利ね。扇子って、淑女になれそう。
馬車が侯爵家に着くとお母さまが楽しそうに迎えてくれて、いろいろ訊ねてきたけど疲れていると誤魔化して部屋で休ませてもらった。
実はガーデンパーティのために学園は数日休む届け出をしているので急いで寮に帰らなくてもいいの。そもそもあそこは社交界へ出るための学校だからね。他の方も結構そういった社交行事で休まれる。ジョーゼットも王宮へ行くときは準備のために数日休んでいる。
私は自室の机に向かうとでさりげなく本を開くふりをしてステータスを確認した。特に好感度が気になる。いつもの画面の下を見ていく。
確か『ゆるハー』の好感度はライバルキャラと100%ある好感度を分け合うシステム。ゲーム最初は50%と50%の半々から始まっていた。だから向こうの攻略しているキャラはこちらが下がっていくシステム。上がっていても油断はできないのだ。ただし、例外もあるらしいけど……。
《ステータス》
アーシア・モードレット……
[スキル]
ムチ使い……
そして好感度は……。
[好感度]
ユリアン・ライル UP↑↑
ルーク・モードレット UP↑
クリス・レイン UP↑↑
ユリアン様が上がるのは分かる。クリス様も、嫌だけど。お兄様も攻略者だとしたら仕方が無い。だけど、このステータスの好感度やらもアップダウンしたことしか判らないのでとんだポンコツだよね。
「お嬢様。何かお飲物をご用意いたしましょうか?」
「ほわっ?」
侍女がいたのよ。忘れてたわ。
「いいえ、パーティに出て、疲れたから少し休みます。あなたももうよくてよ」
うっかり奇妙な行動が見つかりでもして、お兄様に報告されては堪らない。
しかし、鉄壁の無表情な彼女が初めて目を少し見開いた。どうやら驚いているようだった。そうよね。今までは我儘し放題で使用人を労うなどしなかったものね。今まではね!
私はにへらと笑って誤魔化すと侍女はますます困惑気味だった。
とりあえず今日はいい思い出ができたと私はリアル・ユリアン様人形を抱き締めたのよ。




