二十九
だけど、今、私は同じことをジョーゼットにしていたのよ。おかしい。こんな筈では無いのに。こういう絡まった髪をそっと優しく外してあげるのは少女マンガや少女小説にはよくあるシーンだけど私は女性ですよ? ついジョーゼットが困っていたので体が動いてしまったのよ。他の皆様は侍女に日傘を持たせるほどの深窓ぶり。
「ああ、駄目、ジョーゼット。動かないで、余計に絡まるわ」
「痛っ。ごめんなさい。アーシア……」
指先の無い手袋で良かった。
私はジョーゼットの淡いけぶるような美しい金髪を優しく解すように枝から取ってあげた。
それにしてもジョーゼットの金髪は陽光に煌いて金ぴか。それに良い香りがするし。素敵ねえ。どんなお手入れしているのかしら?
「――んまあぁ。なんということ……」
先生まで私とジョーゼットのやり取りをご覧になっていて奇妙な溜息と感嘆のような声を漏らせていた。
先生、見ているだけなら何かはさみでも持ってきてください。その方が早かったと思います。私の背は高い方だから、取ってあげましたけれどね。そもそも私達は見世物ではありませんよ。
確かに今日の私は外で動きやすいような薄目の生地の外出着を着ているわ。濃紺に銀の縁取りの入った手の込んだもので見るからにノーブルって感じだけどね。お兄様が誂えてくれたのでぴったりで動きやすい。でも、これ、お兄様の方が似合いそう。
そんなゆるゆるな授業を今日も終えた。こんな感じで私のここでも学園生活は至極平凡に過ぎていった。
~そして、同時期のプリムラ学園の一コマ~
ガブリエラはプリムラ学園の中庭に来ていた。『ゆるハー』のとある一場面を再現しようと試みていた。何だか、アーシアという悪役令嬢と知り合ってから、予定通りに進まない。
例のユリアンルートの名場面『髪が木の枝に』をやろう。もう直ぐしたら生徒会のメンバーが通りかかる筈。ガブリエラは自ら木の枝に髪を絡ませた。
だけと、待てども生徒会メンバーは現れなかった。
「いつになったら、ユリアンはくるのよ! もういいわ! 本当にこれも、あのアーシアのせいだわ!」
しびれを切らしたガブリエラは自分で無理やり枝から髪の毛を取った。
「痛っ、もう、イベント通りにならないじゃない!」
ガブリエラは隣にそびえる学園を忌々しそうに睨んだ。
私は部屋に戻るとリアル・ユリアン様人形の衣装製作に取り組んでいた。スキルがあるから楽々なの。
「――お嬢様。そろそろ。お夕食のお時間です」
するといつの間にか背後にいた侍女の抑揚のない声で我に返った。
「あら、もうそんな時間なのね」
侍女がいて良かった。うっかり夕食を逃すとこだったわ。私はいそいそと部屋に戻って着替えた。そう、貴族様のルールの一つ。食事や外出など用途に分けて一日に何回も着替える。だから身の回りの世話をする人が必要なのよ。私は用意してくれた衣装に袖を通した。
今夜のメニュー何かな? 一応、献立もあるし、事前に申し込めば希望の料理も作って貰える。私は大食堂に着くといつもの通りジョーゼットの隣に座った。
今日は舌平目のムニエルで前菜にはグリーンアスパラと生ハム添え。あ、お酒よりミネラルウオーターでお願いします。魚だから白ワイン。でも、結構よ。お水がいいの。焼き立てパンの香ばしい香り。更にデザートはイチゴのフロールとタルトですって。コルセットの無い服で良かったわ。あ、お代わりお願いね。
隣ではジョーゼットが小さな可愛い口で少しずつ食べていた。いけない。私も高位令嬢として気を付けないと。ムニエルなんか三口で食べ終われそう。あ、パンのお代わり……。と言う前に侍女が補充してくれた。お水もね。能面無表情だけど有能なうちの侍女は後で給料を上げてあげなきゃね。
私は部屋に入ってノートを広げる振りをして机に座った。こうすると侍女に不審には思われまい。――そして、確認すると――。
《ステータス》
アーシア・モードレット……
[好感度]
ジョーゼット・ローレン UP↑
ガブリエラ・ミーシャ ↓DOWN
ええ? だからどういう基準で上がり下がりしてるの? そもそもガブちゃんまで出てくるの意味が分からない。教えて『ゆるハー』の製作者様。私は腑に落ちぬままベッドに入った。リアル・ユリアン様人形を白のタキシードバージョンに替えて抱きしめると少しもやもや感が薄れて眠りに落ちた。
そんなこんなで早くも始業式から二月程経ってしまった。世間では社交シーズンに突入している。シーズンに合わせて早めにお家に戻るご令嬢もいらして、段々授業に出席される方が減ってきていた。ジョーゼットはぎりぎりまでいるみたい。今日も朝の清々しい食卓の席でジョーゼットと朝食をいただくの。
「アーシアはこの夏どうするの?」
え? 夏、どうするって聞かれても。ぼっちな私はルークお兄様と避暑地の別荘でいましたわ。ええ、毎年ね。恒例でしたのよ。
私の内心とは別にジョーゼットは微笑を浮かべていた。そして、可愛らしく人差し指を唇に当てたのよ。絵になるわね。
「ふふふっ。夏の社交が終わったらうちは毎年高原に行くのよ。アーシアが良かったら是非招待したいわ。でも、そう言えば、アーシアのお家からデビューのお知らせも届いているみたいね」
ああ、そんなのあったわね。忘れてたというか、忘れたかったというか。それより、友達の家に招待ですって、これよ。これ。お友達との思い出作り。避暑地でのひと夏の思い出よ。今までのようなルークお兄様とのバカの巣じゃなくて、お友達とバカンスなのよ。
「あら、いいのかしら? お邪魔じゃなくて?」
「お邪魔、なんて、勿論歓迎するわ。是非いらしてね」
可愛らしい表情のジョーゼットを見ながら考えていた。
私がこの夏、社交界にデビューなんてするの? 何かの間違いでしょう。もういっそ入れ替わりをバラして、庶民の生活を送りたいわ。なんだったら私からバラそうかしら。
私は『ゆるハー』でどういう風に入れ替わりが判明するのか思い出そうとした。でもそれはエンドロールのように出産した病院で入れ替わりが分かったとだけ文章が画面に流れるだけだった。次には私がヒロイン達から糾弾されて床に崩れ落ちてるシーンになるのよ。私が病院に調べに行けばいいのかしら?
そんなことを思いつつ、一応ここも学校だから期末試験のようなものがあるのよ。でもペーパーでなく諮問形式が多いのは助かるわ。ええ、私は日本での知識も動員したものだから余裕だったわ。
そう言えば、ゲームのプリムラ学園では学期ごとの成績が廊下に発表されていた。よくあるシミュレーション系のゲームに倣って試験のイベントが学期ごとにあったわ。『ゆるハー』に毎回あった試験での番数争いシーン。
各ステータスを上げていると自然と上位になるんだけどね。最初は低いけれどステータスを頑張ってあげると万年一番のユリアン様を抜くというエピソードが出てくるの。
ヒロインに抜かれて悔しがるかと思えば、清々しいほどの笑顔でライバルだと認めるとユリアン様は宣言するのよね。それで、そこから一緒に勉強しようとか誘ってくるようになるの。これでヒロインとの絆が深まり好感度が上がるイベントの一つ。放課後、図書館でのお勉強デートやノートの貸し借りという甘酸っぱいやり取りが待っている!




