悲しみの姫君
「閣下、お目覚め下さい。」
僕は翌朝、早くに起きるといつものようにクリスティー将軍を起こすべく、彼女の身体を揺さぶっていた。
寝台で布団を被って寝ている彼女はとても可愛らしいのだが……仕事故、さもあらん。
「う……タカシ……?」
「はい、今日も公務がございます。早くお起き下さい。」
僕がそう言うと、将軍は寝惚け眼で頷くと身体を起こした。
と、布団がパサッと彼女の身体から外れる。
「あ……。」
―――今日もこのパターンか。
「うん……?」
僕が引きつり笑いを浮かべているのを不思議に思ったのか、将軍は辺りを見渡し、自分の身体を見て―――目を見開いた。
そう、定番のすっぽんぽんである。
いつものクセらしいが、目に毒……保養?だから止めて欲しい。
今日は何が飛んでくるのか、万年筆か、それとも回し蹴りか……。
僕はそう覚悟していると、彼女はガバッ。
布団を引き寄せて自ら身体を隠した。
「き、着替える、外で待っていろ!」
「はい。」
僕は頭を下げると廊下に出た。
しかし今のは……恥じらい?あの生娘が?
謎だな……。
「おお、衛。」
すると、ロウェルがふらふらと廊下の端から現れた。
「何だ、姫様に追い出されたか?」
「まぁ、そんなとこです。寝不足ですか?」
彼の目はどんよりと曇っている。明らかに寝不足だ。
「実況見分が長引いてな。姫様の調子はどうだ?」
「もう大丈夫そうですよ。」
「そうか……。そいつは良かった。」
ロウェルが安堵したように言うと同時に、扉が開いた。
「待たせたな。衛。」
中からキチンと衣服を纏った将軍が現れた。
「いえ。」
「おお、将軍閣下、おはようございます。」
「おはよう、ロウェル。顔色が悪いぞ。どうした?よもや飲みすぎではあるまいな?」
「はっはっは、寝不足なだけですとも。」
「そうか、では程々に調練へと勤しめ。」
「はっ!」
「行くぞ、衛。」
「はい。」
僕は将軍の後についていく中、ロウェルは僕の後ろについてきながら言った。
「なぁ、衛、何か閣下が優しくなっていないか?」
「―――確かに。」
「何か昨日あったか?」
「いえ、特に。」
「異な事よ……。」
ロウェルは首を傾げながら途中の階段で別れて降りていった。
その後、将軍は重役達の処分、そして新たな人材の抜擢を行った。
これにはロウェルの意見が大いに役立ち、半分が彼の推薦した人員で埋まっていった。
僕にも意見が問われたため、僕は『知人に博識な人物がいる』と進言しておいた。
呼んで欲しい、と言われたから、船の方にすぐに使いを向かわせないとな……。
そして組閣を終えると、すでにもう夜となっていた。
「―――という訳だ。信頼も得たし、追加人員を送り込む口実も出来た。もう少しで航路の規制緩和などが出来るようになるぜ。」
「なるほど……さすが御主人様、女たらしの実力は衰えていませんね。」
自室のベランダ。
僕はそこで小鳥と話をしていた。
小鳥、というのは雪月花のことなのだが。
「まぁ、誰か人員をこっちに派遣するよう伝えておいてよ。後は小細工をせずとも、真っ向からこの国を手に出来るだろうから。」
「だと良いのですが―――。」
雪月花はそう言いながら僕に向き直った。
「油断は禁物ですよ?最後まで詰めを誤らないように。」
「おう。」
僕が頷くと、小鳥はパタパタと羽ばたいて飛んでいった。
「タカシ?」
と、隣の部屋から声がする。
僕はベランダから部屋に入ると隣の部屋へ行った。
「どうかされましたか?」
「いや……ただ、傍にいて欲しかっただけだ。すまん。」
将軍は少し目を逸らして言う。
僕はそんな彼女の姿がいじらしく感じられた。
「少し飲みませんか?」
僕は自室にある戸棚からワインを取ってきて言った。
「む……そうだな、たまには酔うのも良いかもしれん。」
彼女は頷くと、折りたたみのテーブルと椅子を取り出した。
「どうせなら、ベランダで飲もう。」
「良いですね。」
僕は一旦、自室に戻ってワイングラスを取ると、すでに将軍は外で椅子とテーブルを組み立てていた。
「さぁ、飲もうか。」
「ほぅ、流石、技術大国日本だな。それでそのカタナという武器というのは―――。」
僕と将軍はつまらない雑談を交わしながらワインを飲んでいた。
結構、彼女の飲むピッチも早く、もうワインボトルが二本空になっていた。
「何だ、もう空か。」
そして三本目も飲み干すと、将軍はすっかり酔っていた。
「タカシ、もっと酒を―――。」
「これ以上は身体に障ります。」
「良い、もっと酒を―――。」
大声で言う将軍閣下の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「畜生、何だってんだ……。」
「閣下。」
僕は椅子を移動すると、彼女の隣に位置づけた。
「自分で良ければ、お話を聞きます。」
「フフ、お前ともあろう者なら、聞かずとも分かるだろう。」
「―――ギルディア様。」
「様などつけずとも良い。私は奴の事を忘れたい……。」
だから酒を、と呟く閣下の口を僕は人差し指で塞いだ。
「んぐっ……。」
「閣下ほどの美しい姫様が酒に溺れるとはらしくありませんよ。」
僕は微笑んでそう言うと、人差し指を離した。そして、頭の中で文を組み立てて言った。
「それにギルディア様は悪くありませんよ。悪いのは英国人連中でしょう。」
「うむ?」
「だってそうでしょう?謀反を唆したのも英国人。ここを支配したのも英国人ではございませんか。」
「確かにそうだが……。」
「全く、昔の日本が懐かしいです。物の怪と共存して生きていた日本が。」
「む?物の怪と?」
「ええ、そうですよ。私もよく物の怪と遊びました。基本、物の怪はあまり恐ろしくないのです。ただ、どこかのバカな人間がそれを邪推したから、こんなことになったのです。」
「ふむ……なるほど、確かに、物の怪の真意は問うた事はないな。」
ぶつぶつと呟く閣下。うん、うまく悪魔について好印象を刷り込めたかな?
「とにかく、閣下、弟君は悪くないのです。」
僕は優しく囁きながら、彼女の手を握った。
「そう言って貰えると―――救われる。」
クリスティー将軍はふっと優しげな視線を空に向けて言った。
僕はその様子に安堵し、作戦が順調に進んでいる事を感じると、水を取ってきますね、と言って席を立った。
すっと手が引かれた。
さり気ない動作であった。
だが、僕の体勢を崩すには十分であった。
そして、彼女の方に身体がよろめく。彼女はそれを見ながら腰を浮かし、僕の顔を手で挟むと唇を重ね合わせた。
そのまま一秒……五秒……。
丸々十秒経った後に、彼女は唇を離していった。
「タカシ……衛……我が伴侶となれ。」
僕は驚きながらも―――微笑みを見せた。
「仰せのままに。閣下。」
そしてそのまま、手を取って共に席を立つと腰に手を当てて寝台へとエスコートする。
―――ってまぁ、随分慣れたなぁ、ここまでの流れ。
恐るべし一夫多妻制。
「は、初めて故……優しく頼むぞ……。」
彼女はベッドに横たわると、どこかおどおどとして言った。
「もちろんです。閣下。」
「閣下と呼ばんでくれ……。名前で、クリスと呼んでくれ。」
「分かった。クリス。優しくしてあげるから……。」
僕の妻になれ。
僕がその言葉を呪詛のように囁くと、彼女は恍惚とした表情でコクンと頷いた。
夜空の下、一人の女将軍と敵国の国王が交わり合う―――。




