1000年少女は草刈りへ
私、ミズクはルーカスに案内され、部屋を出た。
廊下を歩きながら、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「ルーカス。イグル、体、悪い……?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、ルーカスはちらりと私を見た。
「いえ、お身体は丈夫な方です。ただ、最近は心労が絶えないようでして。私どもが支えねばならないのですが……まだまだ力不足ゆえ……」
半分も分からなかった。ただ、口調と表情を見る限り、あまり良い話ではなさそうだ。
(……今度、薬作ってあげよう)
そんなことを考えながら歩き、階段へ差しかかろうとした、その時。
バンッ!
背後で、先ほどまでいた部屋の扉が勢いよく開いた。
「わっ」
驚いた私は前のめりになり、そのまま階段へ落ちかける。
「おっと!」
ルーカスが咄嗟に襟首を掴み、引き戻してくれた。
振り返ると、部屋から飛び出してきたイグルが、珍しく切羽詰まった顔をしている。
「ミズク! 私と来い! 禁忌の森へ向かう!」
私は襟首を掴まれたまま、猫のように持ち上げられ、そのままイグルへと渡された。
「イグル様。出立のご用意をいたします。エントランスで少々お待ちを」
「急げ。事態は急を要する」
ルーカスが足早に去っていくと、私はそのままイグルの腕の中に収まったまま、古い言葉で話しかけられた。
『ミズク。問題が起きた。おそらく、あのユグドラシルが原因だ。今すぐ森へ向かうぞ。お前が撒いた種だ』
『えっ……?』
『あの樹は魔力を養分にするんだったな。先ほどの枝も、私の魔力を吸い上げた』
イグルの表情が険しくなる。
『ならば、土地から得られる魔力だけでは足りない場合、周囲から無理やり吸い上げる性質を持っている可能性がある。魔力だけでなく、生命力まで……』
『……あ』
そこまで言われて、ようやく思い当たる。
あのユグドラシルが生えていた土地は、ここよりずっと魔力が豊富だった。それも、今思えば途方もないほどに。
『今からあれを消しに行く。アルティたちからは聞いている。お前が枯らせば、吸い上げた魔力を森へ還せるかもしれない。協力してくれるな?』
私はようやく状況を飲み込み、大きく頷いた。
『わかった! 行こう!』
『ほんとにこれで行くのか?』
『え? 行かないの?』
私は庭に出ると、とてつもなく太く、硬く、長い筒状の植物を生やし、植物操作で大きな弧を描くようにしならせて
いた。
イグルはこの植物を「竹」の仲間だと言っていた。とても丈夫で、よくしなる。
この竹が生えていたのは、海を渡って最初に辿り着いた村だったっけ。かじったら、ものすごい勢いで村人に追いかけられたなぁ。でも、これを覚えてから旅の移動はだいぶ楽になった。
そんなことを思い出している横で、イグルの顔は青ざめていた。
時折、「正気じゃない」だの「ありえない」だの口にしていたが、よっぽど楽しみなのだろう。
うん。そう思うことにした。
竹の先端近くに、太い枝を編み込んで大きな籠状の受けを作る。さらにその中央へ、私たちがすっぽり収まるほどの球状の籠を植物で生やし、しっかりと固定した。
『イグル! 行くよ! 急ぐんでしょ!』
『いやいやいやいや! やっぱり私は馬で行く!』
『それじゃ遅いよ! モナに乗って分かったけど、結構遠い! 今から馬じゃ間に合わないかもしれない!』
イグルはお腹を押さえながら、私渾身の長距離移動装置を見つめていた。
『……安全なんだろうな?』
『大丈夫! とっても楽しいよ!』
私はギザギザの歯を見せてにっと笑い、アルティの真似をするように親指を立てた拳をイグルへ向けた。
イグルはさらに顔を青ざめさせ、しまいには真っ白になっていた。
「俺は領主……俺は領主……領主の務めを果たせ……これが務め……?」
まだ何かぶつぶつ呟いているイグルの背中を押し、そのまま籠の中へ押し込む。籠の網目を縫うように蔦を生やし、イグルの身体をしっかりと固定する。私もその隣へ横になり、同じように蔦で身体を固定した。
『いくよー? 三、二、一……ゼロ!!』
固定していた植物操作を解除する。
しなっていた竹が猛烈な勢いで元へ戻り、身体が籠の底へ叩きつけられるように押しつけられた。
「ぐぅっ!?」
イグルは苦しげな声を上げながら、咄嗟に私の手を握ってきた。
竹が最も勢いよく振り抜かれるところで、私は球状の籠と受けを繋いでいた蔦を切り離す。
そのまま私たちは、空高く放り出された。
「やぁぁあああふぅぅぅうう♪」
久しぶりの竹パチンコに、私はすっかりテンションが上がっていた。
最初の頃は地面に激突したり、障害物へ突っ込んだりと失敗ばかりだったけど、やっぱり楽しいものは楽しい。
ふと横を見る。
イグルは白目をむいて気絶していた。
私たちを乗せた籠は大きな放物線を描いて飛び、やがて落下軌道へ入っていく。
私は籠に手を触れ、着地の準備を始めた。
生やすのは、コットンフラワー。
昔食べたものの中でも、魔力の豊富な土地で育っていた種類だ。普通のものよりはるかに大きな綿を実らせる。
それを籠の周囲へ次々と生やしていくと、やがて私たちを包み込む巨大な綿の球ができあがった。
そのまま地面へ激突する。
ドンッ!
衝撃で籠が軋み、綿の球が大きく潰れた。だが、柔らかな綿と籠のしなりが衝撃を受け止め、その反動で今度は大きく跳ね上がる。
そのまま何度か大きく跳ねたあと、今度は地面をころころと転がり、ようやく止まった。
私は籠から這い出ると、周囲に生やした植物へ順番に触れていく。役目を終えたものから枯らし、魔力へ戻して回収した。
イグルはというと、いまだに泡を吹いたまま気絶している。
周囲を見回すと、そこは開けた平原だった。そして前方には、ユグドラシルの巨大な樹冠がはっきりと見えている。
「イグル、起きて。イグル……イグル!」
私は肩を掴んでゆさゆさと揺らし、それでも起きないので、今度は頬をぺちぺちと叩いた。
「……ぅ……ぐ……ここは……? 死んだか……?」
「生きてるよ……。大丈夫? もう一回やるよ?」
「正気か?」
イグルの懇願もあり、一度休憩することにした。
私は地面から切り株を二つ、にょきりと生やして椅子代わりにする。
イグルは鞄から小瓶を取り出すと、その中身を一息に飲み干した。
「イグル、その薬は何? 何の薬? どこか悪いの?」
「ん? ああ、これか? 胃薬だ。……胃って分かるか?」
「う、うーん……確か、お腹の中にあるやつだよね。なんとなく分かるよ」
「ああ。嫌なことや悩みがあると痛くなるんだ……。これは自分で作ったもので、それなりに効くんだがな」
「私のせい……?」
「……否定はできないな。ただ、それだけじゃない。跡取りや領地の問題で、いろいろとな……」
「そっか……。うぅん。ほんとにごめんね……」
「大丈夫だ。これから問題の一つは解決する」
「あ、そうだ。その胃薬って、薬草で作ってるの?」
「ん? ああ。薬草学は昔から得意だったからな」
「もう一本ある? 私でも作れるかも……」
「あるにはあるが……見て分かるのか?」
「飲めば分かるかも……?」
「は……?」
怪訝そうな顔をしながらも、イグルはしぶしぶ小瓶を手渡してくれた。
瓶の蓋を開け、そのまま一息にぐびっと口へ入れる。
苦味が口いっぱいに広がり、思わず眉間にしわが寄った。
飲み込まず、舌の上で転がしていると、薬は口の中からゆっくりと消えていく。
代わりに、頭の中へ使われている植物の輪郭と性質が次々と浮かび上がった。
植物の一部がここまで形を変えていても、ちゃんと調べてくれる。本当に便利だ。
(どれも生命の森で手に入る草花だ。知ってる。でも、わたしならこれとこれを混ぜて……)
私は背中にミアグラスプを生やす。その内部へ必要な植物を次々と生やし、消化させながら必要な成分だけを抽出していく。
ふとイグルを見ると、剣を鞘に収めたまま構えていた。
「なあ、それは魔物か?」
「あ、うん。……あ! でも大丈夫だよ! 便利だし、私が動かそうと思わないと動かないから!」
私はそう言いながら、ミアグラスプの触手と一緒に手を左右へ振る。
「……もう何を見せられても驚かんぞ」
項垂れるイグルを横目に、私はそのまま調合を続ける。
(イグルの胃薬も悪くないけど、ちょっと薄いのかな。これも加えて……。味も、もう少し飲みやすく……)
イグルの胃薬を土台に、別の大陸で食べた薬草の成分も加えながら、効果を少しずつ調整していく。
やがて、出来上がった薬がミアグラスプ内部の管を通り、触手の先端から雫となって落ちてきた。私は空になった小瓶へ、それを慎重に詰める。
「できた」
「……そんなこともできるのか?」
「……まあね。効果には自信あるよ」
瓶の中の液体は、透き通った薄緑色をしている。青々とした植物の匂いに、すっと鼻を抜ける爽やかな香りが混じっていた。
私はそれをイグルへ差し出す。
「……今、飲めと?」
「毒じゃないよ?」
「いくら同族とはいえだな……はぁ……」
イグルはしばらく悩んだ末、観念したように小瓶へ口をつけた。
飲んだ直後こそ目を細めていたものの、やがて喉を鳴らし、そのまま一気に飲み干す。
「……これは本当に薬か……? 俺のものよりだいぶ甘いが……。いや、確かに胃の痛みが消えている……」
自分の身に何が起きたのか理解しきれていない様子で、イグルは空になった瓶をしげしげと眺めていた。
「ミズク、家に戻ったら何を使ったのか教えてくれ。詳しく知りたい」
「それなら、あとでいっぱい作るけど……」
「それはそれ、これはこれだ。大陸の外の薬草を使ったな? こんなに即効性のある薬は知らない。何を使ったのか、知っておきたいんだ」
「そういうことなら、わかった。戻ったら、ね」
休憩を終える頃には、すでに陽が傾き始めていた。
私は再び背の高い竹を生やし、長距離移動装置――竹パチンコを組み上げた。
二回目ともなると、イグルは自ら籠の中へ入り、覚悟を決めたような顔で腕を組んで座っている。
「さっきより大きく、太く育てたから、たぶん今度はかなり近くまで飛べると思う。準備はいい?」
「ああ。さっきは無様なところを見せたが、もう大丈夫だ。いつでも――ぉおおおおおおおお!?」
私は返事を最後まで聞かず、植物操作を解除した。
不意打ちで射出した。




