時間少女は魔物退治へ
私、アルティ・タイムスは寮の自室で、どうせ後から書かされる反省文を先んじて書いていた。同室のモナに至っては、二段ベッドの上段で羊に憑依されたまま眠っている。それなりに疲れているのだろうが、やっぱり勝手に憑依されるのはどうなのだろう……。いつも疑問に思う。
外はもう、日が落ちる寸前だった。空の向こうはオレンジ色に染まり、その端ではちらほらと星も見え始めている。
禁忌の森へ行ってから、いろいろありすぎた。モナもフェリシアも秘密を共有してくれている。それでも、この先どうなるのかはまるで分からない。
羽ペンの羽先をぼんやり眺めながら、これからのことを考えていると、学園内に設置された魔結晶がけたたましい音を立てて鳴り始めた。
「また……!? 今度は何……!?」
私は机から立ち上がり、一度だけ、二段ベッドの上で眠るモナへ目を向ける。
(今日はもうピィロを降ろせないし、どうせ起こしても連れていけない……。モナは寝てて)
私はクローゼットから制服を取り出し、部屋着をその場に脱ぎ散らかして手早く着替える。装備を確認すると、そのまま部屋を飛び出した。
廊下へ出ると、ほかの生徒たちも次々と部屋から顔を出していた。部屋着のまま様子をうかがう者もいれば、すでに私と同じように制服へ着替え、動き出そうとしている者もいる。
そのとき、耳元のイヤリングから通信担当の女性教師の声が響いた。
「緊急警報! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない! 正体不明の魔物が多数出現! 直ちに防衛準備! 各生徒は持ち場につけ!」
イヤリングから命令が繰り返し鳴り響く。
私の周囲の時間がわずかに引き伸ばされる。そのまま中央広場へ向かった。
広場にはすでに仮設のテントが数張り並び、臨時の指揮所が作られていた。防衛線を敷く訓練なら何度か受けている。でも、本番はこれが初めてだ。
本部らしき一番大きなテントの中央には大きな机が置かれ、その周囲を教師たちとフェリシアが囲んでいた。
「フェリシア!」
「アルティ! さすがに早いですわね。……モナは?」
「だめ。羊に憑依されたまま眠ってる。明日まで起きないよ」
「まあ、どちらにせよ鷹は降ろせないのですから、今日は構いませんわ」
「ところで、何があったの? ガドル先生は?」
「今から説明しますわ。先生、よろしいですか?」
大きな机の中央には、一昨日、歴史の授業を担当していた老教師が座っていた。だが、今の表情は授業中とはまるで違う。
「よろしい。儂から話そう。ちょうど十分前、前線拠点に辿り着いたポート先生から連絡が入った。巨大樹の近くで正体不明の魔物と遭遇したそうだ。数は不明。体格は人間の半分ほどで、武器や道具を使う。現在、ガドルたち調査隊と接敵している可能性が高い。ガドルのことだ、撤退戦を行っているとは思うが、敵の正体も数も分からん。こちらは学園に防衛線を敷く」
「……ガドル先生たちは無事なんですか? みんなは?」
「彼らからの通信はまだありませんわ。今は、信じるしかありません……」
「っ……私、行ってくる」
「ちょ、何を言ってるんですの!? 駄目に決まってますわ!」
「私にも責任がある! 調査に行ったみんなに何かあったら……私は耐えられない。止めないで」
「...気持ちは分かりますわ。でも、あなたがここにいることで守れるものも……」
「いいよ」
老教師が、授業中と変わらない優しい声で会話に割って入った。
「……今、なんと?」
「行かせなさいな。ここはもともと砦じゃ。アルティ君一人が抜けたところで、防衛に支障はあるまい。王都にもすでに連絡を送っておる」
「しかし、この暗闇の中では危険すぎますわ!」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがと」
「心配なんか……あーーーもうっ! 光よ!」
フェリシアが言い放つと、私の頭上に淡く輝く光輪が現れ、周囲を明るく照らした。
「三十分しか持ちませんから、それまでに合流なさい! あなたならできるでしょう!?」
その言葉に、思わず目頭が熱くなる。
(素直じゃないな……)
「了解!!」
私はすぐさま森へ向かって駆け出した。
※
一陣の風だけを残し、アルティは目の前から一瞬で消えてしまいました。
「さて、フェリシア君。防衛計画を詰めようか。……ああ、さっき誰かと話していたかのう。最近、物忘れが激しくてかなわんな~」
あまりにも芝居がかった言い方に、ついため息がこぼれました。
「はぁ……アルティは羊に憑依されたモナに抱き着かれて寝ていますわ。ここには来ていませんし、来ませんわ」
「そうじゃな。儂らはなーんも見ておらんな」
「アストア先生も悪い人ですこと……」
「ほっほっほ」
※
『加速』を五倍速で発動し、同時に身体強化を肺と脚へ集中させる。
この辺りなら、授業という名の訓練で何度も通っている。ここの上級生なら、目をつぶっていても進めると言えるくらいには慣れた道だ。
身体強化をさらに強め、五倍に加速した身体で巨大樹を目指して一直線に森を駆ける。行軍では迂回する斜面も、そのまま枝から枝へ飛び越える。川にぶつかれば助走もつけずに対岸へ跳び、獣道すら無視して最短距離を突っ切った。
(間に合って……!)
焦る気持ちを押し殺し、ただひたすら前へ駆け続けた。
体感で二時間ほど走り続けた頃、五倍に引き伸ばされた誰かの悲鳴が耳に届いた。
私は太い枝の上に立ち、周囲を見渡す。木々の隙間、その先に松明の灯りが見えた。
足へさらに魔力を込め、一気に跳躍する。
木々の上へ飛び出し、空中から眼下の状況を確認した。
(っ……ひどい……!)
すでに隊列は崩れ、上級生たちは混乱に陥っていた。教師たちがどうにか立て直そうとしているが、気色の悪い小人たちの数が多すぎる。完全に捌ききれていない。
地面には何人もの生徒が倒れている。そのさらに奥では、一人の女生徒が髪を掴まれ、森の中へ引きずり込まれようとしていた。
(させるか!!)
『加速』を十倍まで引き上げる。
私は隊列の後方へ、身を低くして着地した。
途端に、周囲のすべてが鈍く引き伸ばされる。悲鳴も怒号も、何を言っているのか判別できないほど間延びして聞こえた。
着地した姿勢のまま脚に力を溜める。
地面を蹴った。
※
「いやぁ! やめてぇ!! 先生!! 助けて!!」
気色の悪い小人に髪を掴まれ、地面を引きずられていく。
「どうして……! みんな、助けて……!」
けれど、もう誰もこちらを見る余裕なんてなかった。いつの間にか、みんな自分が生き残ることで精一杯になっていた。
このまま連れ去られるの?
殺される?
いや……まさか……。
「やだ!! 誰か!! 誰かぁぁああ!!」
絶望しかけた、その時。
目の前を光の筋が駆け抜けた。
「え?」
私を引きずっていた魔物の首が、ぽとりと地面へ落ちた。
※
私は目についた魔物から、片っ端に首を刎ねて回った。
フェリシアの光輪のおかげで、木陰に潜む奴も、枝の上から矢を放つ奴もよく見える。見つけたそばから間合いを詰め、小剣を振るう。
(確かに数が多い!! でも……!!)
十倍に加速された私にとって、奴らの動きはあまりにも遅い。
小剣の切れ味が落ちれば、地面に落ちている剣を拾って持ち替える。足は止めない。攻撃の手も緩めない。
一体、二体、三体。
数えるのをやめてからも斬り続けた。
三十体ほどを倒したところで、ようやく周囲に少しだけ余裕が生まれる。
私はそこで初めて足を止め、『加速』を解除した。
間延びしていた音が元の速さへ戻り、ゆっくりと流れていた景色も、すうっといつもの時間を取り戻していく。
次の瞬間、先ほどまで生徒たちを蹂躙していた魔物たちが、一斉に動きを止めた。
何が起きたのか理解する間もなく、次々と首を落とし、その場へ崩れ落ちていく。
パニックに陥っていた上級生たちは呆然とその光景を見つめ、やがて光の軌跡を辿るように視線を動かした。
その先に立っていたのは、頭上に光輪を浮かべた私だった。
「天使……」
「っ!! げほっ……げほっ……! っっつ~!」
光輪が効果を失い、ふっと消える。
長時間の移動と身体強化の反動が一気に押し寄せ、全身を筋肉痛にも似た強烈な痛みが襲った。脚から力が抜け、その場に膝をつく。
「ああっ!! アルティ! アルティだな!!」
白いローブをまとった白髪の教師が、私のもとへ駆け寄ってくる。
もとは純白だったのだろう。そのローブは今ではところどころ切り裂かれ、紫色の液体でひどく汚れていた。
その間にも、状況を素早く把握したほかの教師たちは周囲への警戒を続けながら、生徒たちの安否確認と隊列の立て直しに動き始めていた。
「はぁっ……うぅ……ポート先生から、連絡が……。私だけ……独断で……」
「喋るな。分かった……飲めるな?」
差し出された回復薬を受け取る。
舌に触れる時間を少しでも減らそうと、顔を上へ向けて一気に喉へ流し込んだ。
「んぐっ……うげぇ……」
それでも喉の奥に強烈な苦味が残り、思わず顔をしかめる。
(これ、ほんとにまずくて嫌い……)
「……ガドル先生は?」
ガドル先生の名前を出すと、先生は唇を噛み、苦しげな表情を浮かべてから口を開いた。
「接敵したあと、巨大な魔物が出現した。ガドルは殿を務め、俺たちを逃がしてくれた。いまだに合流していないところを見ると……戦闘が続いている可能性が高い」
「っ! 助けに行きます!」
「アルティ!!」
「私なら助けられます! 足手まといにはなりません!!」
先生はしばらく私を見つめたあと、重い息を吐いた。
「絶対に無理はするな。ガドルの救助を最優先にしろ。俺たちは負傷者を連れて、すぐに前線拠点まで後退する。救助したら必ず合流しろ。いいな?」
「了解!」
「この道をこのまま真っすぐ進め。おそらく、そこにいる」
「分かりました! 行ってきます!」
回復薬のおかげで、痛みだけはかなり引いている。だけど、身体そのものの疲労が消えたわけじゃない。
(明日は筋肉痛で動けないだろうなぁ……)
私の周囲の時間が、徐々に間延びしていく。
立ち上がり、再び駆け出した。
※
「お前……なかなかやるじゃないか……」
目の前の巨大な魔物と戦い始めて、どれくらい経っただろうか。俺とこいつの力は、ほぼ拮抗していた。
問題があるとすれば……。
(こいつらさえいなければ……)
俺たちの戦いを観戦でもするかのように、小型の魔物たちが周囲を取り囲んでいる。
耳障りな鳴き声がひどく煩わしい。それだけならまだいい。
奴らは隙を見つけては弓を放ってくる。そのたびに意識を割かれ、少しずつ均衡が崩れ始めていた。
「BOOOOOO!!!!」
「ぐぅっ!!」
唐突に雄叫びを上げ、巨大な棍棒を振りかぶったまま突進してくる。
俺は大剣を上段に構え、その一撃を受け止めた。
だが、奴の攻撃は止まらない。
弾かれた勢いをそのまま利用し、間髪入れずに棍棒を横薙ぎに振り抜いてくる。
俺は咄嗟に後方へ飛び退き、寸前のところでかわした。
その時。
「ぐっ!」
背後に潜んでいた小型の魔物が、俺の太腿を短剣で切り裂いた。
「こざかしい!」
大剣へ魔力を流し込み、そのまま周囲を薙ぎ払う。
巻き起こった強風が、小型の魔物たちをまとめて吹き飛ばした。
だが、その隙を待っていたかのように、巨体が地面を揺らしながら距離を詰めてくる。
魔物は棍棒を両手で握り、頭上高く振りかぶった。
「っ!?」
立ち上がって迎え撃とうとした、その時。
切られた脚に力が入らない。
膝が落ちた。
次の瞬間、力任せに振り下ろされた棍棒が迫る。
俺は咄嗟に大剣を盾のように掲げた。
ガヅンッ!!
「ぐっ……うううう!!」
凄まじい衝撃が両腕を突き抜ける。
(重い!! だが、まだ倒れるわけにはいかん!!)
しかし、魔物は止まらない。
もう一撃。
ガヅンッ!!
さらに一撃。
ガヅンッ!!
棍棒が振り下ろされるたび、大剣を支える腕が沈んでいく。
周囲を取り囲む小型の魔物たちは、こちらを嘲笑うかのように耳障りな声を上げていた。
そして、大剣の刀身に一本の亀裂が走る。
(……皆は、逃げ切れただろうか)
また棍棒が振り上げられる。
(俺は……ここまでか……)
俺は目の前の魔物を見据えたまま、覚悟を決めた。
振り下ろされる瞬間、感覚が鋭敏になっていく。
背後から突風が吹き抜ける。
周囲を取り囲んでいた小型の魔物たちの煩わしい鳴き声が、ぴたりと途絶える。
棍棒が振り下ろされる。
しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
「……?」
目の前では、巨大な魔物が棍棒を振り下ろした姿勢のまま止まっている。その身体は、まるで色を失ったかのように薄暗く変色していた。
そして、その巨体のすぐ横。
紫色の血で制服を汚したアルティが、魔物の身体に手を触れて立っていた。
「停止!」
俺は周囲を一瞥し、すぐに状況を察した。
「馬鹿者が! まだ止めていられるか!」
「ごめんなさい!! もう無理です!!」
「十分だ! 解除しろ!」
脚の痛みに耐えながら立ち上がり、振り下ろされる棍棒の軌道から身体をずらす。そのまま大剣を構えた。
(狙うは心臓。一突きで決める)
アルティがその場に座り込み、魔物から手を離した。
止められていた時間が動き出す。
棍棒は勢いそのままに地面へ叩きつけられ、深々とめり込んだ。魔物は何が起きたのか理解できていない。
その一瞬で十分だった。
俺は全身を巡る魔力を、大剣へ一気に集中させる。
「おおおおおおおお!!」
渾身の一突きが胸当てを貫き、その奥深くまで刃を突き立てた。
直後、流し込んだ魔力が内側から爆ぜる。
轟音とともに、魔物の上半身が吹き飛んだ。
※
私は、ガドル先生が爆散させた魔物の汚れをまともに浴びていた。
(間に合ってよかったけど、これは……まあ、いっか……)
魔力を使い切ったせいでひどい眩暈がして、立ち上がることすらできない。
全身びしょびしょのまま地面に座り込んでいると、
ゴツン!
突然、頭に衝撃が走り、目の前に星が散った。
「この大馬鹿者が!! 貴様、独断でここに来たな!!」
「ごめんなさい……でも、後悔はないです……」
「反省文どころではないぞ。覚悟しておけ。……立てるか?」
「ごめんなさい……魔力切れを起こして、無理そうです」
「結局、世話を焼かせるのか。助けに来たのなら最後までしっかりせい!」
ガドル先生は呆れたように言いながら、私を肩へ担ぎ上げた。
「ん?」
「なんだ……?」
頭上から、一枚の葉が落ちてきた。
いや、一枚どころではない。
次から次へと葉が降り注ぎ、まるで雨のように森を覆っていく。
だが、そのどれもが地面へ届く前に崩れ、塵となって消えていった。
しばらくすると、地面の奥から低い地響きが伝わってきた。
ガドル先生が振り返り、巨大樹の方へ目を向ける。
樹は、ほんのわずかずつではあるが、確実に小さくなっていた。
やがて葉はすべて落ち、今度は枝の先から次々と塵へ変わっていく。
幹も、枝も、根も。
まるで最初から存在していなかったかのように、少しずつ消えていく。
そして数分もしないうちに、あれほど圧倒的な存在感を放っていた巨大樹は、完全に姿を消した。
※
「ミズク!!!! これはどうやって着地するんだ!!!!! もうすぐ地面だぞ!!!!」
「静かに!!! 集中できない!!!!」
私は籠の周囲を再び巨大なコットンフラワーで覆い、着地に備える。今度の着地点は、平原ではなく森のど真ん中だ。
次の瞬間、凄まじい衝撃とともに籠が激しく揺れた。枝が折れ、何かが潰れるような鈍い音まで聞こえた気がする。
しばらく地面を転がったあと、私は籠を枯らし、魔力へ戻して回収した。
「もう二度とやらんぞ……。……なんだ、こいつらは」
「知らない……見たことないよ……」
周囲には、何が起きたのか理解できていない様子の醜い小人のような魔物たちが、こちらを取り囲むように立っていた。
「友好的には見えんな。走るぞ!」
「わかった…!」
私は背中からミアグラスプを伸ばし、木々へ次々と巻きつける。その力で身体を引っ張り上げながら、森の中を飛ぶように進んでいく。
イグルも地面を蹴るたびに足元へ緑色の魔法陣を展開し、大きく跳躍しながら私についてきた。
すぐに後ろや横から矢が飛んでくる。
それを見ていると、ふと昔、エルフたちに追いかけ回された時のことを思い出した。
(なんか、懐かしいなぁ)
身体から何本もの蔦を生やし、飛んでくる矢を自動で叩き落とさせる。
しばらく進むと、目の前に巨大な壁のようなものが現れた。ユグドラシルの幹だ。
「ついた!」
「根元まで来ると……もはや壁だな!」
私は幹へ手を触れ、すぐに魔力へ還す作業を始める。
その間にも、周囲から矢が飛んでくる。
イグルは飛来する矢を細身の剣で叩き落とし、地面を這うように襲いかかってきた魔物の頭を斬りつける。そのまま跳躍し、私の隣の枝へ着地した。
「急げ! 数が多い!」
「やってる! でかいから時間かかる! 少し待って!」
私は両手で幹に触れ、消し去るように強く念じる。
ズズンッ!
地響きが鳴り、頭上からすぐに無数の葉が降り注ぎ始めた。
(私と森がつながってるなら……私を通して、森へ魔力を戻す……!)
ユグドラシルから手のひらへ。そこから私の身体を通して、脚へ。足元の木から森へ――。
「靴じゃま!」
靴を脱ぎ捨て、素足を枝へ直接触れさせる。
足から細い根を生やし、足場にしている枝へ絡みつかせた。
意識を集中させ、ユグドラシルから流れ込む膨大な魔力を森へ還すための道に徹する。
やがて私の身体は薄緑色の光を帯び、絶え間なく魔力を森へ流し続けた。
イグルはいつの間にか私の背後にしゃがみ込み、風の結界を張って飛んでくる矢から守ってくれていた。木をよじ登ってくる魔物は細剣で次々と斬り払い、私に近づけさせない。
はるか頭上に広がっていた樹冠が、少しずつ小さくなっていく。巨大だった根も次第に痩せ細り、幹も枝も根も、端から塵へと変わっていった。
そして最後には、そのすべてが跡形もなく消え去った。
「ミズク! 終わったか! ……ミズク?」
イグルが私に何かを呼びかけている。
その声を、私はどこか遠くから聞いていた。
森と深くつながったまま、意識だけが身体から浮かび上がっているような感覚だった。
自分の身体も、そばにいるイグルも、まるで上から眺めているように見える。
少しずつ、景色の動きがゆっくりになっていく。
私はそのまま、ユグドラシルがあった場所の中央へ意識を向けた。
巨大な根が地面を抉ったせいで、そこには大きな穴が開いている。
その中心に残っていたのは、葉を一枚もつけていない、不気味なほど白い樹。
そして、その根元には木の根が絡み合ってできた大きな球体があった。
一族の遺体があった、あの謎の樹。
その下で眠っている、もう一人の私。
(……このままむき出しは、まずいよね)
私は森へ流している魔力を少しだけ操り、その周囲に元から生えていたものと同じような木々を生やしていく。
白い樹も、もう一人の私も、再び森の奥へ隠してあげた。
意識をイグルの近くへ戻し、今度は周囲にいる魔物たちへ向ける。木々の力を借りれば、姿が見えなくても居場所は分かる。
(きっと、この魔物たちが現れたのも、私のせいかもしれない……。だったら、私がやらないと)
森の中にいる魔物たちの位置を、一つ残らず捉える。
その瞬間、それぞれの足元から根を伸ばし、一斉に絡みつかせる。
逃げる間すら与えず、そのまま地面の中へ引きずり込んだ。
(全部、終わったかな……。なんで、まだつながれるんだろ……)
森は答えてくれない。もしくは、答えるほどのことでもないのだろうか。
疑問は落ち葉のように、ただ重なっていく。でも、とりあえずは一件落着かな。
私はそっと目を閉じ、森に広がっていた意識を、自分の身体へ戻していった。
「……終わったよ」
「……何が起きたんだ? さっきまでいた魔物が、一斉に消えたぞ」
「全部、地面に埋めたよ」
イグルの顔が固まった。
その顔を見るの、これで何度目だろう……。そんな顔で見ないでよ……。
「……まあいい。帰ろう。今度は歩いてな」




