外来種問題 1
アルティたちが去ったあと、私はそのままミズクとの話を続けていた。
『さて、君の魔法についても教えてほしい。あれほど巨大な樹を生み出せるんだ。詳しく知っておいた方がいいだろう』
『そう? お父さんとお母さんからは、あんまり人に言いふらすなって言われてるんだけど……』
『それならば、私からは決して口外しないと誓おう。そのうえで、まだ信用できないというのなら、無理に聞くつもりはない』
ミズクはしばらく悩んだあと、ゆっくりと口を開いた。
『私は植物魔法しか使えないの。火を出したり、水を出したりはできない』
そこで一度、言葉を探すように間を置く。
『その代わりなのかな。植物……木の実とか、枝とか、キノコとか。そういう植物の一部を食べると、その植物のことを詳しく知ることができるんだ』
「……ふむ」
正直なところ、よく理解できなかった。
植物を食べれば、その植物について詳しく分かる。
そんなものを、果たして魔法と呼んでいいのだろうか。
しかし、少なくとも植物を食べてきたという話は本当なのだろう。
彼女の歯はひどく特徴的な形をしていた。一本一本が鋭く尖り、硬い枝でも簡単に噛み切ってしまいそうだ。
『旅をしていたのも、それが理由か……。あの大樹も、一度食べて解析したのか?』
『うん。海を渡って、ずーーーーっと遠くにある森にあったの。そこに住んでて、エルフって名乗ってた人たちは、世界樹って呼んでた気がする』
『……ちょっと待て。世界樹だと?』
『知ってるの? あの木、近づくのも大変だったし、食べたあとも大変だったんだよ』
『いや……実物を見るのは初めてだが……。世界樹ユグドラシル。伝説やお伽噺に登場する樹だ。世界そのものを支えているだとか、葉から作った薬を飲めば不老不死になれるだとか……伝承は多岐にわたる』
私は一度言葉を切った。
『だが……まさか、本当に実在していたとは……。少なくとも、他の大陸で発見されたという記録すら聞いたことがない』
しばらく考え込んだあと、改めてミズクを見る。
『世界樹について、詳しく教えてくれ』
『う、うん』
ミズクは目を閉じると、両手の人差し指でこめかみをぐりぐりと押し始めた。
どうやら、膨大な植物の知識の中から、世界樹についての情報を引っ張り出しているらしい。
『えーっと……世界樹。イグルたちがユグドラシルって呼んでる木は、普通の木と同じように地中から養分を吸って成長するんだけど、それだけじゃなくて魔力も養分にするの。そのあたりは、植物系の魔物に近いかな』
少し間を置き、さらにこめかみをぐりぐりと押す。
『原種はモンキーポッドっていう木かな。その土地に満ちていた強い魔力に長いあいだ晒されて、突然変異を起こしたみたい』
『……あそこに生えていて、大丈夫なのか?』
『うーん……木のことは分かるけど、あの森にどれくらい養分と魔力があるのかまでは分からないから……』
ミズクは少し考え込む。
『足りなかったら、そのうち枯れるかもしれないね』
『そうか……。いずれ王都からも研究者たちが訪れるだろう。世界樹からは、何か特殊なものを作れるのか?』
『えっと……』
再びミズクが黙り込んだ。
今度は情報を探しているというより、何を話すべきか迷っているように見える。
『不老不死は無理だけど……すごく強い回復薬なら作れるよ。傷の具合にもよるけど、死ぬ寸前の人を助けられるくらいのものも……たぶん』
『多分、というのは?』
『昔、一度作ろうとしたことがあるの。でも、世界樹の成分だけじゃ足りなくて……植物以外の素材も必要だったから、結局作れなかった』
少し困ったように笑う。
『だから、今作れても、普通のものより少し性能のいい回復薬止まりだね』
『なるほど……』
『あとは、うーん……。ユグドラシルの枝はね、すごく硬いのに、魔力の通りがすごくいいの』
ミズクは頭の中で情報を確かめるように、少し視線を泳がせた。
『植物魔法が使える人なら……こんなふうに……』
そう言って、ミズクは片手を差し出し、手のひらを上に向ける。
その中央に、緑から深緑へと色を変える魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、魔法陣の中心から細い枝が、にょきにょきと伸び始める。
十五センチほど伸びたその枝に、今度は魔力を流し始めた。
枝は一度、手のひらの上で丸くまとまる。それから、ぐにぐにと形を変え始めた。
しばらくすると、そこには小さなミミズクの人形ができあがっていた。
『……完成。こんなふうに、形を変えることができるよ。たぶん……うん……まあ、お父さんもお母さんもできなかったけど……。ほかの人に試してもらったこともないし……ごにょごにょ』
『まあ、言いたいことは分かった……。大丈夫だ。触ってみてもいいか?』
『あ、うん。もちろん。イグルにあげる』
小さなミミズクの人形を受け取る。
見た目の小ささに反して、ずしりと重い。
手にした瞬間、背筋をぞくりと何かが走った。
ただの木片ではない。掌の上に収まるほど小さいのに、妙な存在感がある。
試しに、人形へ魔力を流してみる。
私も植物魔法にはそれなりの心得がある。学園にいた頃も、この分野では成績のいい方だった。
さて……どうだ。
魔力を流した瞬間、思わず目を見開いた。
(……抵抗が、ない?)
ミズクの言った通り、流した魔力がほとんど滞ることなく枝の隅々まで行き渡っていく。
これだけでも、杖の素材としては破格だ。
だが、妙な感覚があった。
(なんだこれは……魔力が、吸われている?)
試しに人形の形を変えようと魔法陣を展開する。
さらに魔力を送り込むが、流したそばから吸い取られていくばかりで、人形はびくともしない。
それどころか、魔力を止めようとした瞬間、人形の方から強引に魔力を吸い上げ始めた。
「ぐっ……これは……!?」
咄嗟に手を放す。
小さな人形は床へ落ち、硬い音を立てて転がった。
『あっ……あ……イグル? 大丈夫?』
ミズクは心配そうにこちらを見つめていた。口元をあわあわとさせ、どうしていいか分からない様子で慌てている。
『ああ、大丈夫だ。形を変えようとしたんだが、逆に魔力を吸われてしまった……』
床に転がった小さな人形へ目を落とす。
『ミズク。本当に、こんなものがあの森にあって大丈夫なのか?』
『うぅ……ごめん……。でも、たしかに森の中にあったんだよ。だから、たぶん大丈夫……だと思う』
みるみるしおれていくミズクを見て、私は眉間を指で揉んだ。
(……いや、彼女だけを頼りにするのも、領主として間違っているか)
千年も前の記憶を持っているとはいえ、ミズク自身が今の森の状態まで把握しているわけではない。
『大丈夫だ、ミズク。今日はゆっくり休むといい。欲しいものがあれば、何でも言ってくれ』
私は彼女の頭にそっと手を乗せ、ぽんぽんと撫でた。
ミズクは少し驚いたように目を見開いたあと、何も言わずに顔を伏せる。
「ルーカス、部屋の用意を」
「かしこまりました。ミズク様、こちらへ」
ミズクはルーカスに連れられ、部屋を出ていった。
私は床に転がった小さな人形を見て、また胃の奥に鈍い痛みを感じた。
直接触れる気にはなれず、ハンカチで包んでから慎重に拾い上げ、机の上へ置く。
椅子に腰かけ、深くため息をついた。
机の引き出しから胃薬を取り出し、一息に飲み干す。
今日で三本目……。
記録更新だな……。
少し仮眠を取ろうとした、そのとき。
通信用の魔結晶が光り、耳元のイヤリングから切迫した声が響いた。
『こちら、フォレストロア騎士団団長フィリップ! イグル様、緊急のご報告です!』
息を切らした声が続く。
『森が……森が、枯れ始めています!』
その報告に、また胃の奥が痛んだ。
「分かった。私が直接向かう。調査を継続しろ」
私はもう一本胃薬を飲み干し、勢いよく立ち上がった。




