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即身仏だった植物魔法使いが魔法学園で自由に生きる話  作者: 木兎梟


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6/15

爪の垢は紅茶の香り

二人に案内された部屋では、アルティとモナが長くてふかふかした椅子に並んで座っていた。

モナはまだピィロを憑依させたままで、腕は大きな翼に、足は鳥の鉤爪に変わっている。

部屋の中には、大小さまざまな鉢植えがいくつも置かれていた。窓辺にも棚の上にも、見たことのあるものから知らないものまで、たくさんの植物が並んでいる。

奥に置かれた大きな机の向こうでは、灰色の髪をした長身の男性が椅子に腰かけ、こちらを見ていた。その傍らには、ルーカスと呼ばれていた人が静かに立っている。


「アルティ! モナ!」


私は二人のもとへ駆け寄った。

眼鏡をもらったおかげで、今度は二人の顔をしっかりと見ることができる。

アルティは大きな目をしていて、くっきりとした二重に、赤と青の異なる色の瞳がよく映えている。改めて見ると、びっくりするくらい整った顔をしていた。


(すごく、きれいな人だ……)


モナは眠たげな目をしているけれど、どこか母親のようなやさしい雰囲気がある。柔らかな目元と穏やかな表情を見ているだけで、こちらまでなんとなく落ち着いてくる。


「あなた、目が悪かったのね……。気づかなくてごめんなさい」


「ミズクちゃん、とってもきれいになったね~。すっごくかわいいよ~」


なんとなく褒められている気がして、頬がゆるんでしまう。

えへへ、とにやにやしていると、奥に座っていた灰色髪の男性が軽く咳払いをした。それだけで、少し緩んでいた空気がすっと引き締まる。

改めて彼の顔を見る。

切れ長の目はきりっとしているけれど、こちらを威圧するような鋭さはない。目元にはうっすらと疲れが滲み、頬にも少しだけ影が落ちていた。

灰色の長い髪は後ろでひとつにまとめられていて、その落ち着いた佇まいもあって、どこか年季を感じさせる人だった。


『私の言葉が分かるか?』


「!?」


私は思わず目を見開いた。

彼は、私がずっと使っていた言葉で、こちらに話しかけたのだ。


『分かるよ。あなたは誰……?』


問い返すと、灰色髪の男性も驚いたように目を見開いた。けれど、それも一瞬だった。すぐにその目には警戒の色が戻る。


『私はイグル・ホーク・フォレストロア。君は? どこから来た?』


『私は……ミズク・オウル・フォレストロア。アルバとハミンの娘……』


『すまない。どちらの名も、私には分からない。何より、私たちの一族以外にフォレストロアを名乗る者がいるなど、聞いたことがなかった。だから、とても驚いている』


アルティたちは、私たちが何を話しているのかさっぱり分からないらしく、私とイグルの顔を交互に見比べていた。


『それよりも、なぜこんな古い言葉を知っている? これは今では古代語と呼ばれるほど昔の言葉だ。どこで習った?』


『……習ってない。この言葉は、私たちがずっと使っていた言葉だよ……。今は違うみたいだけど……』


「……確定か」


イグルは小さくつぶやくと、席を立った。そのまま私の前まで歩いてくると、膝を折って目線の高さを合わせる。


『ミズク。君の身に何が起きたのかは、そこのアルティ君たちからある程度聞かせてもらった。この古代語を使えることも合わせれば、話はほぼ本当だと考えていいだろう』


一度、私の顔をまっすぐに見つめる。


『もう一度、君自身の口から聞かせてくれないか?』


私は、自分の身に起きたことをすべて話すことにした。

彼の目つきは厳しい。けれど、悪い人ではないと直感が告げている。

それに、彼もフォレストロアの人間だ。

この一族に何が起きたのか。

彼にも、知る権利があるのかもしれない。

赤い霧のこと。

一族に起きたこと。

私の身に起きたこと。

そして、世界j…ではなく大樹を出してしまったこと。

私は、覚えている限りのことをすべて彼に伝えた。

話が進むにつれて、イグルの顔色はみるみる悪くなっていく。そして最後まで聞き終えると、彼は無言のまま机へ戻り、小瓶を取り出した。

蓋を開け、中身を一息に飲み干す。


「アルティ君、モナ君。君たちには本当に感謝している。おかげで、あの森で何が起きているのか、おおよそ把握できた」


「ミズクはこちらで保護させてもらう。ああ、安心してほしい。彼女は、私以外で唯一の同族だ。フォレストロアの名に誓って、ふさわしい待遇を用意する」


「分かりました。何かありましたら、直接私かタイムス家へご連絡ください。すぐに駆けつけます」


「ゴート家も、できる限り協力いたします」


「恩に着る。君たちはこれから学園へ戻るのか? 食事くらいは用意するが」


「いえ、実は任務の途中でして……。すぐにここを発ちます」


「そうか。君たちなら、いつでも歓迎しよう」


「ありがとうございます。ミズク、私たちはもう行くね。また会おうね」


「ミズクちゃん、元気でね~。……すぐまた会えるから」


イグルが、二人の言葉を私にも分かるよう伝えてくれた。


(あ……帰っちゃうのか……)


私がイグルの顔を見ると、彼は小さく頷いた。


『助けてくれてありがとう。二人といるの、とても楽しかった! また会おうね!』


そう伝えると、イグルは私の言葉を二人にも分かる言葉へ直してくれた。

それを聞いたアルティとモナは笑顔になり、そのまま部屋を出ていった。


「ルーカス、お見送りを頼む」


『ミズク。君にはもう少し話を聞かせてもらいたい』


※


ミズクと別れ、今は学園へ向けて空を飛んでいた。

モナの肩をぽんぽんと叩いて合図を送り、かけていた『加速』を一度解除する。


「あ、なになに~? どうしたの~?」


「今日はずっと飛びっぱなしでしょ。疲れてない? 大丈夫?」


「ううん、まだ大丈夫だよ~。アルティは?」


「私は乗ってるだけだから……これくらい平気」


私の『加速』は、自分や触れている相手の時間を、好きな倍率で速める魔法だ。

とても便利な魔法だけれど、一つ問題がある。

たとえば二倍に加速すれば、外から見た私たちは二倍の速さで動くことができる。けれど、加速している本人に流れる時間まで二倍になる。

外では三十分しか経っていなくても、本人にとっては一時間を過ごしたことになるのだ。

戦闘なら、その一時間分の思考と行動を三十分に詰め込める。けれど、長距離の移動ではそうはいかない。

到着する時間は縮められても、本人が過ごす時間まで短くなるわけではない。

その点、モナの憑依魔法は、本人が言うにはかなり燃費がいいらしい。

憑依するときにこそ魔力を消費するものの、一度降ろしてしまえば、その状態を維持するための魔力は必要ないという。本人いわく、服を着る感覚に近いんだとか。

ピィロなら風魔法の消費も比較的少ない。

だからこそ、私たちは中等部の頃からずっと一緒に組んで訓練してきた。

最初の頃、私はモナに『加速』をかけるのがあまり好きじゃなかった。

外から見れば、ただ移動時間を縮めているだけ。けれど、加速しているモナ自身は、そのぶん余計に時間を過ごしている。

ほんの少しずつとはいえ、私の魔法でモナの寿命を削っているような気がしていた。

なら、自分にも『加速』をかければいい。そうすれば、二人で同じ時間を過ごせる。

けれど、二人分を維持するとなると魔力の消費が大きすぎる。行きだけならともかく、帰りまで考えると現実的じゃない。

それでも、任務によっては一秒でも早く辿り着くことで救える命がある。

そう教えられてから、私は少しずつ考え方を変えた。

……もっとも、当のモナ本人は、私ほど深刻には考えていなかったらしい。


「アルティが気にしすぎなんだよ~」


昔から、そんな調子だった。


「ミズクと、また会えるかな」


「会えるよ~。なんなら、ひょっこり魔法学園に入学してくるかもね~」


「それはそれで……問題が起きそうだね……」


「楽しくなるよ~」


それからしばらく、通常の速度で飛びながら話をして、『加速』を再開した。

太陽が傾き始めた頃、ようやく学園へ辿り着いた。

モナが速度を落とし、ゆっくりと校内の広場へ降り立つ。

すると、こちらに気づいた一人の生徒が走って近づいてきた。

金色の髪はゆるく波打ち、肩のあたりで揺れている。つり上がり気味の目と、すっと通った鼻筋のせいか、どこか気位の高そうな印象を受ける。

けれど、その顔立ちは文句なく整っていた。


「フェリシアだ~。ただいま~」


「フェリシア、お出迎えしてくれるなんて珍しいじゃない」


「ご冗談を。そんなことより、ガドル先生とはお会いできたのでしょうね? 通信が途絶えてから、先生方や上級生たちはすぐに出立されたんですのよ」


「う……そうだよね。いろいろあって……結局、会えてないんだ」


「何か厄介ごとに首を突っ込んだ、と見てよろしいんですのね? はぁ……」


彼女は眉間に指を当て、深くため息をついた。それから私たちを見やり、いかにもやれやれといった様子で口を開く。


「ガドル先生の通信機につながる魔結晶がありますから、早く帰還の報告をなさい。どちらにせよ、あの大樹の調査は必要です。先生方が戻ってくるのは数日後になるでしょう」


「りょーかい。今、持ってる?」


「ええ、もちろんですわ」


フェリシアは腰のポーチから灰色の魔結晶を取り出し、私へ差し出した。

受け取った魔結晶に魔力を流し込み、呼びかける。


「こちらアルティ。ガドル先生、聞こえますか? こちらアルティ!」


『おお! 無事だったか! 聞こえてるぞ! 言い訳はあとで聞く。まず、何があったのか説明せい!』


「……あの大樹の出現に驚いたフォレストホークに襲われ、その際に通信の魔結晶を紛失しました。モナも負傷し、憑依を解除せざるを得なくなったため、その日の再憑依ができず、現地で野営を行いました。なお、あの大樹の内部については、現時点で魔物が存在しないことを確認しています」


隣にいたフェリシアは、ちらりとモナへ目を向けると、さらに深いため息をついた。

モナは気まずそうに視線を逸らし、小さな声で謝る。


「……ごめんね~。話、合わせて~」


「あとで必ず説明すること。絶対ですわよ。今度こそ一筆書いてもらいますからね」


私は何事もなかったように通信を続ける。


「本日はモナに無理をさせないよう、午後に現地を出立し、『加速』も使わずに戻ってきたところです」


『分かった。いろいろ言いたいことはあるが、まあいい。とにかくモナの怪我を治せ。こちらは今、大樹の目と鼻の先まで来ている。調査が済み次第戻る。それまで学園を頼むぞ』


通信を終えると、魔結晶から光が消えた。


「で、何があったんですの?」


「長くなるから、寮でもいい?」


「分かりましたわ。でもその前に、あなたたち……土臭いですわよ。モナに至っては泥まみれ……。まずはお風呂に入って、着替えてらっしゃい」


私とモナはお互いの姿を見て、それから顔を見合わせて苦笑いした。


※


今はフェリシアの部屋で、三人でテーブルを囲んでいる。


テーブルの中央にはクッキーや小さなケーキが並び、紅茶まで用意されていた。


「では、話してもらいますわよ」


「分かった。最初は、あの大樹の周りを旋回してたときからなんだけど……」


ミズクに出会ったこと。

彼女が使った、私たちの知る植物魔法とはまるで違う魔法のこと。

彼女の身に起きたこと。そして、あの大樹を生み出したのがミズクだということ。

さらに、彼女がフォレストロア男爵と同じ名を持っていたことや、その領地へ連れていったことまで、包み隠さずすべて話した。

フェリシアは商家の出だ。

けれど、損得だけで人を見るような子じゃない。情に厚く、口も堅い。

私は、彼女なら信用できると思っている。


「それは……確かに、興味深い話ですわね。……それに、とてもお金の香りがしますわ」


(……やっぱり、信用しちゃいけなかったかもしれない)


「それにしても、厄介ごとを持ち込むのがお上手ですのね。正直、才能すら感じますわ」


「アルティ、才能あるって~。やったね~」


「褒められてないし、モナも入ってるからね?」


モナを横目で睨みながら、紅茶を一口飲む。

……うん。やっぱり、フェリシアが淹れてくれる紅茶が一番おいしい。


「それで? このあと、どうするおつもりですの? そのミズクという子を、いつまでも隠し通せると?」


「どうかなぁ。イグル男爵もしばらくは匿ってくれると思うし、痕跡も……あ」


「……そういえば~、あのツリーハウス、そのままだね~」


「痕跡だらけじゃありませんの!」


「いや、外からは見えない場所にあったと思うし、すぐには見つからないはず……。たぶん……」


「はぁ~~~……。詰めが甘いのも才能ではなくて?」


「アルティ~」


「モナもでしょ!」


フェリシアが、ぱん、と手を叩いた。


「はい、そこまで。あなた方の話ですと、ミズクは自分で生み出したものを消すことができるのですわよね?」


「でしたら、まずフォレストロア男爵のもとへ向かうこと。明日、モナが再び憑依魔法を使えるようになったら、すぐに行きなさい。いいですわね?」


「いいの?」


「いいも何もありませんわ。わたくしも、そのミズクという子には興味がありますもの」


フェリシアは紅茶のカップを置くと、少しだけ身を乗り出した。


「おいしかったのでしょう? 彼女の出す果実は」


その目が、きらりと輝く。


「商売の香りがしますわ~!」


私は、苦笑いを浮かべるしかなかった。

紅茶を一口飲み、クッキーをつまんでいると、ふとフェリシアが何かに気づいたように首を傾げた。


「……アルティ、モナ。ひとつ、聞いてもいいかしら?」


「ん~?」


「なに~?」


「ミズクなら、あの大樹も消せたのでは?」


「「……あ~」」


「はぁ~~~~~~~~」

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