イモの気持ち
### EP5
「明日に備えて、今日はもう寝よう。何か、作戦を考えないと」
私は二人に提案した。
モナは頷いて、
「そうしよ~。今日はなんか疲れたよ~」
そう言うと、モナの身体が光り出した。
全身が光に包まれ、ぽふん、と愉快な音を立てて姿が変わる。
頭には巻き角が生え、瞳孔は横長に変わった。
身体はもこもこの毛に包まれ、制服がはち切れそうなくらい膨らんでいる。
変身し終えると、上に着ていた制服を脱ぎ、横になった。
「いいよ~。二人ともおいで~」
モナの変身を見て、ミズクは目をきらきらと輝かせていた。
モナ自身が言うには、羊の御霊を降ろすのが一番得意らしく、何度降ろしても問題ないんだとか。
初めて憑依できたのも羊で、なんと一歳の頃。突然羊の姿になった娘を見て、両親は死ぬほど驚いたとか。本人は「前世はきっと羊だった」と語っているけれど、詳しいことは誰にも分からない。
モナは羊毛をもこもこと増やし、そのまま身体の周囲へ広げていく。
それだけで、立派なベッドの出来上がりだ。
ミズクは羊毛に触れると、感触を確かめるように指先で何度かふにふにと揉んだ。
そして次の瞬間、遠慮の欠片もなくモナへ飛びついた。
ミズクの小さな身体は、そのまま羊毛の中へすっぽりと埋もれて見えなくなった。
(うん、分かる。気持ちいいよね……。モナの羊ベッド。)
うんうんと頷いてから、私も遠慮なく羊毛の上へ寝転がった。
考えないといけないことはたくさんある。
けれど、このぬくもりと安心感に勝るものは何もない。
羊毛に顔を埋めると、数呼吸もしないうちに眠りへ落ちていった。
※
「う……うぅん……」
「アルティ~、もう起きて~。アルティ~」
身体を揺すられて、ゆっくりと目を開ける。
寝ぼけた頭で周囲を見渡し、昨日の出来事を少しずつ思い出していく。
「も~。寝すぎだよ~。ミズクちゃんももう起きてるよ~?」
「んん……どのくらい寝てた?」
「正確な時間は分からないけど、さっき外を見たとき、日の高さ的にお昼前くらいかなぁ」
「え、嘘……寝すぎた……」
「私の毛が気持ち良すぎたか~」
「まあ、それもあるけど……それにしてもだよ……」
「それで、ミズクちゃんをどうするの?」
「うん。私は、学園から遠ざけた方がいいと思う。まずはフォレストロア男爵に会わせるのが一番かなって」
「そうだねぇ……。でも、ガドル先生とだいぶ通信できてないし……もしかしたら、もうこっちに向かってきてるかも」
「さすがに夜に移動はしないと思うけど……先生たちと上級生なら、移動にそこまで時間はかからないかも」
「う~ん……」
二人で話し合っている横で、ミズクは昨日の残りの果物をかじっていた。
暢気なものだ。
そのまま眺めていると、ミズクはじっと残った皮を見つめていた。
すると、皮がみるみる茶色く変色し、しぼんでいく。
やがて塵となり、そのまま跡形もなく消えてしまった。
周囲を見渡すと、私たちが食べ残したものや、剥いた皮もきれいさっぱりなくなっている。
「え、そんなこともできるの?」
「うん。アルティが寝てるときに、ああやってごみをなくしてたの」
「便利すぎない?」
やがてミズクは、食べ残した果実にも手を触れ、次々と塵へ変えていった。
※
それからモナと話し合い、一度フォレストロア男爵のもとへ向かうことにした。
ミズクにも簡単に説明すると、素直に頷いてくれた。
私たちはツリーハウスを後にし、枝葉の外縁へ移動する。
モナはその場で祈り、ピィロを憑依させた。
「モナ! すごい!」
昨日の羊憑依のときと同じように、鷹のピィロを憑依させる姿にも目を輝かせている。
確かに私も初めて見たときはかなり驚いたけど、ここまで素直に感動されるのは、ちょっと珍しいかもしれない。
モナもどこか得意げに、ミズクの頭を撫でた。
「アルティは背中に乗ってぇ。ミズクちゃんは前につかまってね~。その触手? 身体に巻きつけていいからね~」
言われた通り、私はモナの背中へ。
ミズクは前から抱きつくようにしがみつき、背中の蔦までモナの身体へ巻きつけた。
「いくよ~!」
モナが風魔法を展開する。
次の瞬間、強い風が身体を持ち上げ、私たちは一気に空へ飛び出した。
「モナ! 加速するよ!」
「いつでも~!」
「加速!」
モナの胸元に黒い魔法陣が浮かび上がり、その速度が一気に三倍へ跳ね上がった。
※
「うわああああああ!?」
私はモナの身体に必死でしがみつき、正面から叩きつけてくる風圧に耐えていた。
「とばされるうぅ……あれ?」
けれど、風圧は次第に弱まり、やがてほとんど感じなくなった。
前を見ると、私たちの正面に緑色の魔法陣が展開されている。
そこから生まれた風が、前方から押し寄せる空気を受け流していた。
(風魔法の応用……? こんな使い方もあるんだ……。空を飛ぶのにも使ってたし……。それに、アルティが使ってた魔法も見たことない……。黒い魔法陣なんて初めて見た……!)
私はモナの豊かな胸に服越しにすっぽりと顔を埋め、そのまま大人しくしがみついていた。
しばらく飛び続けていると、モナの胸元に浮かんでいた黒い魔法陣がふっと消えた。
いつの間にか、下に広がる景色は森から平野へと変わっている。
アルティが言っていた、私たちフォレストロア一族の生き残りが暮らしている場所に近づいたらしい。
記憶は朧気だけれど、確かにあの場所に一族全員の姿があったわけじゃない。
だから、どこかに生き残りがいるかもしれないとは思っていたけど……。
(森から離れて暮らしてるんだ……。それに、かなり時間も経ってるし……会って大丈夫かな……)
不安が顔に出ていたのか、モナがこちらを振り返った。
「大丈夫~。私たちがいるよ~」
私にも分かるよう、ゆっくりと言葉を選んでくれる。
そのまま、地面が少しずつ近づいてきた。
景色の先には小さな町があり、少し高い丘の上には、ひときわ大きな家が建っていた。
「下がるよ~」
モナは翼をすぼめ、一気に急降下した。
「っいやぁぁぁぁぁ!?」
身体が一瞬ふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には胃の中身まで置いていかれそうな落下感が襲ってくる。
(こわいいいいい! ちょ、待って、これ無理ぃぃぃ!!)
地面がものすごい勢いで近づいてくる。
私は怖くなって、ぎゅっと目をつむった。
「うっぷ……」
直後、今度は身体がぐっと重くなる。
一気に速度が落ちたせいか、胃の中が持ち上がるような気持ち悪さに襲われた。
恐る恐る目を開けると、モナが翼を大きく広げ、風魔法を逆噴射させながら速度を落としていた。
私たちはゆっくりと地面に降り立つ。
「ミズク、これ、消せる? とても、怪しい」
アルティは私の背中から伸びる植物、ミアグラスプを指さし、身振りを交えながら尋ねてきた。
「うん」
私はミアグラスプへ意識を向け、ゆっくりと枯らしていく。
二本の蔦から順に力を失い、しゅるしゅると萎んでいく。
やがて本体まで茶色く変色すると、さらさらと塵になって崩れ、そのまま魔力として私の中へ戻ってきた。
目の前には、白く高い柵門がそびえていた。
その向こうには広く整えられた庭があり、さらに奥には、先ほど上空から見えた立派な建物が佇んでいる。
遠目では細かなところまではよく見えないけれど、建物の縁に金色っぽい装飾が施されているのは分かった。
「失礼いたします! グラドリップ魔法学園の者です! フォレストロア男爵にお目通り願いたく、参りました!」
アルティが大きな声で、建物に向かって何かを呼びかける。
内容までは分からないけど、おそらくこの家にいる誰かを呼んでいるんだと思う。
やがて、建物の正面にある玄関らしき扉が開いた。
そこから黒い服を着た人物が姿を現し、こちらへ近づいてくる。
「これは何事です。先触れもなく押しかけるとは、いささか礼を欠いているのではありませんか」
「突然の訪問となりましたこと、深くお詫び申し上げます。ですが、急を要する事案ゆえ、どうかフォレストロア男爵にお目通りをお許しいただけませんでしょうか」
「あいにく主人は現在、禁忌の森で起きている異変への対応に追われております。お取次ぎできる状況ではございません。それに、その娘は何者です。事情も分からぬ者を、そのような身なりのまま主人の御前へ通すわけには……」
「ルーカス、待ってくれ」
ルーカスと呼ばれた男の後ろに、彼よりも頭一つほど背の高い男が立っていた。
灰色の髪を短く整え、派手さはないものの上質そうな服を身にまとっている。
立っているだけなのに、自然と目を引く人だった。
※
私、イグル・ホーク・フォレストロアは、執務室の机に向かい、眉間に深い皺を寄せていた。
昨日、我が家で抱えている感知魔法に長けた魔法使いが、禁忌の森の中心部から異常な魔力放出を感知した。グラドリップ魔法学園も、当然この異変には気づいているはずだ。
そう考えて連絡を取ろうとした、その矢先。
禁忌の森に、突如として巨大な樹が出現した。
フォレストロア一族の歴史は古く、かつて禁忌の森を管理していたと伝えられている。
そんな我が家が、あの異常事態を前に動かないわけにはいかなかった。
グラドリップ魔法学園との連携も考えた。
だが、事態の異常性と緊急性を考えれば、悠長に調整している時間などない。
私は即座に騎士たちを現地へ派遣し、調査に当たらせた。
我が領地から、あの巨大樹のもとへ辿り着くまで、おそらく二日はかかる。
あの一帯は強力な魔物も多く、地形も複雑で道に迷いやすい。
無事に帰還できる保証など、どこにもない。
そう考えた途端、腹の奥に鈍い痛みが走った。
私は机の引き出しから、複数の薬草を調合して作った胃薬を取り出し、一息に飲み干した。
軽くため息を吐いた、そのとき。
ガラス窓が、突風を受けてガタガタと揺れた。
何事かと窓の外へ目を向ける。
門の前に立っていたのは、ハーピィのような姿をした少女と、青と白の髪を持つ少女。
そして、その二人とは明らかに様子の違う、頭の先から足元まで泥にまみれた小柄な女児だった。
前の二人は、緑を基調とした制服を見ればグラドリップ魔法学園の生徒だとすぐに分かる。
だが、もう一人は違った。
身につけているのは、どう見ても大きな葉を蔦で縛っただけの簡素な服だった。
「失礼いたします! グラドリップ魔法学園の者です! フォレストロア男爵にお目通り願いたく、参りました!」
(ふむ……)
あの青と白の髪の少女には、見覚えがあった。
正確には、あの髪色にだ。
あれほど特徴的な髪を持つのは、たしかタイムス伯爵家の者だけだったはずだ。
以前、国王陛下の生誕祭で一度だけ挨拶を交わしたことがある。そのときに見た髪色を覚えていた。
「ルーカス、対応を頼む。今は手が離せない。後にしてもらってくれ」
「承知いたしました」
執務室で書類仕事を手伝っていた家令のルーカスに、来客の対応を任せる。
私は再び椅子に腰を下ろそうとして、ふと何かが頭に引っかかった。
もう一度、窓の外へ目を向ける。
先ほどはタイムス伯爵家の娘に目を奪われ、気にも留めていなかった。
だが、あの泥まみれの少女が身につけている葉を改めてよく見る。
(あの葉は……なんだ? 形も、大きさも、私の知っているものとは違う……?)
(何か、禁忌の森と関係している……?)
私は急いで執務室を飛び出し、階段を駆け下りてルーカスの後を追った。
「ルーカス、待ってくれ」
私はルーカスの後ろから声をかけ、彼の言葉を遮った。
私の姿を見ると、タイムス家の令嬢は制服の裾をつまんでカーテシーをし、ハーピィのような姿の娘は両翼を前へ揃えるようにして深く頭を下げた。
そして、泥まみれの少女は二人の様子をきょろきょろと見比べたあと、少し遅れてカーテシーを真似した。
「どうぞ、頭を上げてください。率直にお伺いします。禁忌の森の異変について、何かご存じなのですか?」
「っ! はい! とても重要なことです!」
「分かりました。話を伺いましょう。ルーカス、彼女たちを中へ案内してくれ。それと……」
私は泥まみれの少女へ目を向ける。
「彼女をきれいにしてやってくれ」
「承知いたしました。皆様、こちらへ。……ああ、あなたはそこでお待ちください。マリー、ヘレン! こちらへ!」
ルーカスが声をかけると、すぐに二人の使用人が屋敷から姿を現した。
どうやら先ほどから様子を見ていたらしく、二人とも大きな布を抱えている。
こういうところは本当に抜け目がない。自慢の使用人たちだ。
二人は手際よく少女を大きな布でぐるぐると包み、そのまま屋敷の中へ運んでいった。
※
私はいま、簀巻きにされています。
(な、何されるの!? 怖い!!)
「アルティ! モナ! 助けて!」
必死に助けを求めるけれど、アルティはなぜか親指を立ててこちらへ向けてくる。
モナも何か言いながら、やさしい眼差しを向けているだけだ。
(なんで!? 助けてくれないの!?)
そのまま白と黒を基調にした服を着た二人の女性に抱えられ、私は屋敷の中へ運ばれていった。
アルティたちは階段を上っていったけれど、私は屋敷に入ってすぐ横へ曲がり、別の部屋へ連れていかれた。
中は湯気に満ちていて、肌にまとわりつくような湿った空気が漂っている。
奥には、お湯の入った白くて大きな桶のようなものがあった。
その水面からは、もくもくと湯気が立ち上っている。
(……私、料理されようとしてる……?)
ぞっとして逃げようと、反射的に背中へ意識を向ける。
(あっ、ミアグラスプがない! そういえば消したんだった!)
そう思った瞬間、
ザバァッ!!
頭から温かいお湯を浴びせられた。
「ふぎゃっ!」
「あらあら、お風呂は初めて? 大丈夫よ。取って食ったりしないから」
「私たちに任せてくださいね」
二人は何か言いながら、容赦なく私の身体を洗い始めた。
ごしごし、ごしごし。
長いあいだこびりついていた泥を落とされていく。
(なんか……ポテトになった気分……)
(やっぱり、茹でられて食べられるのだろうか……。私の人生、ここまでか……)
……と思ったけれど、彼女たちからは殺気も敵意も感じない。
私を害そうとしている様子もなかった。
それなら、まあ……いいか。
私はされるがままになることにした。
ごしごしと磨かれて泥を落とされ、今度はふわふわの泡に包まれた。
花の香りがして、気持ちいい……。
「マリー、この子の髪、泥もすごいけど、あちこち絡まってるわね」
「ヘレンお姉様、いっそ切っちゃいますか?」
「そうねぇ……申し訳ないけど、切りましょう」
そう言うなり、二人は私の髪を切り始めた。
たしかに重かったし、泥もこびりついていた。
私としても、正直かなり助かる。
「あなた、どこから来たんですか?」
「えっ……えと……」
「ちゃんと食べています? こんなに痩せていたら、身体を壊してしまいますよ?」
「あう……ことば、わからない……」
「あら……やっぱり捨てられた子なのね……。大丈夫。私たちがきれいにしてあげるから!」
「お姉さんたちに任せてね~」
泡を洗い流すため、再び頭からたっぷりとお湯をかけられた。
「ふぎゃっ!」
その後、お湯の入った白くて硬い、大きな桶のようなものに入れられた。
中のお湯はとても心地よい温かさで、こわばっていた身体がゆっくりとほぐれていく。
(……ポテトになるのも、悪くないかも)
しばらくお湯に浸かったあと、今度は隣の部屋へ移された。
白くてふわふわした布に包まれ、身体についた水気を丁寧に拭き取られていく。
濡れた髪は、もう一人の女性が小さな緑色の魔法陣を展開し、そこから吹き出す風で乾かしてくれた。
髪は、腰より少し下くらいの長さに切られたようだ。
もともと、これくらいの長さだった気がする。
「あら……意外とかわいいわね」
「泥で隠れてたけど、きれいな黒髪ね。つやつやよ」
その後、簡素な服を着せられた。
白い長袖の上着に、茶色のズボン。
飾り気はないけれど、動きやすそうな服だ。
「ごめんなさいね。あなたに合うお洋服を用意できなかったの。今度はちゃんとおめかししてあげるからね」
「あ、それと……あなた、あまり目がよくないでしょう? 私の妹と同じような見方をしているもの。眼鏡を借りられないか、ルーカス様に聞いてくるわ。少し待っていてね」
しばらく待っていると、女の人が戻ってきて、私に眼鏡をかけてくれた。
次の瞬間。
今までぼんやりと滲んでいた景色の輪郭が、急にはっきりと浮かび上がった。
「……見える」
彼女たちの顔を、改めてゆっくりと見る。
一人は目元や口元に細かな皺があり、落ち着いた表情をした女性だった。
もう一人は先ほどの女性よりもだいぶ若く、明るく元気そうな表情をしている。
「ありがとう! 二人とも、すごい!」
私は両手を胸の前で合わせ、深々と頭を下げた。
フォレストロアでは、最大限の感謝を伝えるときにはこうする習わしがあるのだ。
その後、二人に案内されて、アルティたちのいる部屋へ案内された。




