ナニコレ珍樹景
「さて、それではガリヴァ王国の歴史について、説明できる者はいるかな」
長い白髭を弄りながら、老教師は生徒たちを見回した。広い講堂には百人ほどの生徒がおのおの好きな席に座っている。私は誰も手を挙げていないのを確認してから、手を挙げた。
「はいっ」
「アルティ君」
私は席を立ち、記憶を辿りながら語り始めた。
「大昔、この大陸には多くの小さな部族が点在していました。その中で、強力な魔法を操るレルドレ一族が台頭します。彼らは周辺の集落や部族を吸収・併合し、時には武力によって征服しながら、やがて大陸を統一しました。こうして誕生したのが、現在のガリヴァ王国の前身であるレルドレ帝国です。
当初、レルドレ一族は自ら指揮を執って農地の開墾や技術革新を進め、民の暮らしを豊かにしました。しかし、長い年月の中で次第に圧政を敷くようになります。約五百年前の大飢饉、四百五十年前の大津波、四百年前の大噴火。相次ぐ災害によって民が困窮する中でも、帝国は増税を繰り返しました。
そんな状況を目の当たりにしたのが、後の初代国王エクス・ガリヴァです。彼は創造魔法をもってレルドレ一族を打倒し、革命を成し遂げました。これが約三百年前に起きた『エクス革命』です」
「よろしい。座っていいよ」
老教師の優しい声にお辞儀をして、席に座る。周囲からまばらな拍手が聞こえた。
「では、エクス革命以降について説明できる者は……ふむ。モナ君」
老教師が人差し指を立てる。その指先に、どこからともなく水滴が集まり、小さな球体を作った。
指先を軽く振ると、水滴は隣でぐっすりと眠っているモナの脳天に直撃した。
「ひゃう!? ……ん~。おはようございます~」
伏せていた顔をゆっくり上げる。寝癖のついたクリーム色の髪が頬に張りつき、金色の瞳はまだ半分も開いていない。老教師がまったりとした口調で続ける。
「モナ君、エクス革命以降について簡単に説明してもらえるかな。できなければ、今日の授業は欠席扱いにしなければいけないのう」
「え、エクス? えーと、えーと……」
いまだ眠たげな声で悩んでいるモナに、私はそっとノートを彼女にも見えるようにずらす。
モナは申し訳なさそうに私を一瞥してから、前に向き直った。
「エクス革命以降ですねぇ。……えと、革命の後、エクス国王は創造魔法を使って、困窮していた国民たちを助けるため各地を巡りました。国王が通った場所は道となり、その多くが現在の国道になっています。用水路や上下水道の整備、堤防の建設といった生活基盤を整えたほか、砦を建設し、誰もが教育を受けられるよう学園も設置しました~。このグラドリップ学園もその一つですぅ。その後、貴族制度を作り、魔法の扱いに長け、民を守る力を持つ者たちに爵位と領地を与え、国王に代わって各地を治めさせました」
「ふむ。よろしい。座りなさい。モナ君、次からは友人を困らせないように」
「すみませんでした~」
モナは深くお辞儀をして、席に着いた。
「アルティ、ありがと~。たすかった~」
「後でミルクパンおごってね」
「なんでもおごるよ~」
モナがこちらに抱きついてくる。腰まで伸びたふんわりとしたクリーム色の髪が肩をくすぐり、甘い香りと、陽に干した布団のような温かさに眠気が……。
「って、授業中だから……離れて~」
「お礼です~」
パパンッ!
二人のおでこで水球が弾ける。
優しい表情のまま、老教師がこちらを見ていた。
「ほっほっほ……仲が良いことはよいことじゃが、二人とも減点」
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「はぁ~……。モナのせいでひどい目にあった……」
授業を終えた私はため息をつきながら、次の授業へ向かうため、モナと中庭沿いの回廊を歩いていた。
柱の向こうに広がる中庭では、生徒たちが魔法を試したり、談笑したりしながら、思い思いに時間を過ごしている。
「ごめんね~。今度埋め合わせするから~。次は禁忌の森で実習でしたっけ~?」
「実習っていう名の魔物退治だけどね。高等部になったから、かなり奥のほうまで入ることになるよ」
「奥まで行くのも大変だし、魔物も強いし、めんど~くさいですね~」
「モナは飛べるんだから文句言わないの」
「アルティだって……」
その瞬間、学園中に警報が鳴り響いた。
至るところに設置された魔結晶が、一斉に赤い光を放つ。
「緊急! 禁忌の森で高魔力反応を検知しました! 高等部の学生と教師の皆様は広場へ集まってください! 繰り返します! 禁忌の森で……」
イヤリングから、先生の焦りを含んだ声が鳴り響く。
「アルティ……」
いつもはふわふわとした表情のモナも、さすがに緊張した面持ちでこちらを見ている。
「大丈夫、行こ。二人なら何があっても大丈夫だから」
正直に言えば、私も怖い。でも、モナを怖がらせるような態度は取りたくない。
それに、モナと二人なら、どんな場面でも生き残ってこられた。
大丈夫。今日だって、どうにかなる。
モナの手を握って、中央広場へ向かった。
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禁忌の森。
ガリヴァ王国の北西に広がる、広大な森。その全容は誰にも分かっていないが、このガリヴァ王国がある大陸のおよそ四割を占めていると言われている。
禁忌の森には多くの魔物が生息し、その種類も非常に多い。森の中だけで独自の生態系が築かれている。
約五百年前から魔物の数が増え、たびたびスタンピードも発生するようになったことから、禁忌の森の中にグラドリップ魔法学園の前身となる魔物対策の前線砦が築かれた。
やがて腕試しや修行を目的に、戦士や魔法使いたちが集まるようになる。人の往来が増えるにつれて道も拓かれ、周辺地域も少しずつ開拓されていった。
エクス革命後、前線砦は大規模な増改築を施され、一般教養に加えて魔法使いや騎士を育成するための魔法学園へと生まれ変わった。
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広場にはすでに、何十人もの高等部生と教師たちが集まっていた。
人混みの中から、背が高く、威厳のある顔立ちをした口ひげの男性がこちらへ歩いてくる。鎧を身に着け、背には大剣を負っていた。
「アルティ、モナ。来たか」
「ガドル先生」
「なにがあったんですか~」
「先ほどの通信以上の情報はまだない。だが、森の中央付近で大きな魔力反応を検知したのは間違いない。よって、アルティ、モナ。君たち二人に偵察を頼みたい」
「了解しました。モナ、いける?」
「……っ。わかったの」
モナは覚悟したようにうなずくと、私たちから少し離れ、サンダルを脱いだ。その場に膝をつき、祈るように両手を握る。
足元に大きな魔法陣が展開され、モナを中心に風が巻き起こる。
淡い光に包まれながら、モナが静かに口を開いた。
「ピィロ、力を貸して」
モナ特有の魔法、『憑依魔法』。
動物の御霊や精霊を自身の体に降ろし、その力を貸してもらう魔法だ。
モナの腕が、淡い光の中で大きな翼へと変わっていく。続いて素足が鋭い鉤爪を備えた鳥の脚へと姿を変え、やがて光が収まった。
彼女の制服は、この憑依魔法を使うことを前提に仕立てられた特別製だ。翼へ変化した腕を妨げないよう、普通の制服よりも袖が大きく、ゆったりと作られている。
「アルティ、行けるの。乗って!」
モナの背中につかまり、首に腕を回す。
「おっけー! 先生! 行ってきます!」
「これを持っていけ! 通信用の魔結晶だ! 魔力を込めれば私の通信機に繋がる!」
手のひらほどの白い結晶を受け取る。腰のポーチにしまい、首に掛けていた飛行用ゴーグルを目元まで下ろした。
ガドル先生に向かってうなずく。
「飛ぶよ~!」
モナが翼を大きく広げる。左右の翼に二つずつ、小さな魔法陣が展開された。
魔法陣の中心から突風が吹き出す。モナはその勢いに乗って翼を大きく羽ばたかせた。
次の瞬間、身体が一気に空へ持ち上げられる。
数秒後には、学園が小さく見えるほどの上空にいた。
「アルティ、準備はいい?」
「いつでも!」
私は大きく深呼吸し、自分の魔力へ意識を集中させる。
(対象は、モナ……。加速、二……いや、三倍……!)
私とモナの身体に、黒い魔法陣が展開される。
『加速』
景色が一気に後方へ引き延ばされた。
「っ……!」
突然襲いかかってきた猛烈な風圧に、身体が吹き飛ばされそうになる。
しかしモナは即座に別の風魔法を展開。前方に空気の膜を作り出し、叩きつけてくる風を受け流した。
私特有の魔法、『時間魔法』。
タイムス家に代々伝わる魔法で、歴史の浅い家系ながら貴族として認められている大きな理由でもある。
時間魔法の歴史は意外と浅い。始まりは約八十年前。初代タイムスが当時の国王にこの魔法を披露したところ、それだけで爵位を与えられたという。
どうして初代がこの魔法を使えたのか。そもそも、なぜ私たちに受け継がれているのか。
私たちタイムス一族にとっても、謎の多い魔法だ。
ただ、家族からは「完全な時間魔法を完成させることこそ、タイムス一族の本懐である」と代々言い伝えられている。
一族の者は皆、時間魔法のうち一つしか扱えない。
けれど私は、三つの時間魔法を、自分自身と触れた相手にだけ与えることができる。
それでも、これすらまだ『完全な時間魔法』ではないという。
三十分ほど飛行したところで、加速魔法を徐々に解除していく。
モナはいったんその場で滞空し、私と一緒に周囲を見回した。
「200m先に、少し開けた場所があるの。そこから魔力が溢れ出てる!」
「原因はあそこね……。近づける?」
「わかったの。ゆっくり近づくよ~」
モナが再び風魔法を噴射し、前へ進もうとしたその瞬間。
私の背筋に、冷たい悪寒が走った。
「モナ!! 止まって!!」
「え?」
モナが急停止した数秒後。
激しい地響きとともに、地面を突き破るように巨大な大樹が一瞬で伸び上がった。
正直、大樹なんて生易しいものじゃない。幹の太さだけでも100mはありそうだ。私たちのいる上空にまで巨大な木陰が落ち、そのあまりの大きさに目を丸くすることしかできない。
「「は?」」




