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即身仏だった植物魔法使いが魔法学園で自由に生きる話  作者: 木兎梟


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13/15

根掘り葉掘り

未定だったものをまとめて追記して再投稿

グラドリップ魔法学園の朝はゆったりだ。太陽が昇り始めた頃に起きる人もいれば、すっかり高くなってから起きる人もいる。というのも、高等部になると必修授業とは別に選択授業があり、自分の伸ばしたい分野を選んで学ぶことができるからだ。魔法を伸ばしたい人、剣を学びたい人、研究に打ち込みたい人。それぞれが、自分に合った授業を自由に選べる。かくいう私は、まだ特に何も決めていない。とりあえず今は、アルティたちと朝食を食べながら考えているところだ。果物の盛り合わせをつまみながら、授業一覧とにらめっこしている。ちなみにヴィヴィは、私が起きた時にはもう部屋からいなくなっていた。


「私とアルティは〜、魔法学を中心に取ってるよ〜。あ、アルティは剣術も取ってるんだっけ?」


モナはいつも通りニコニコしながら、トーストを頬張っている。隣で焼き魚とご飯を食べているアルティは、どこかまだ眠たげだ。


「うん? あ、そうだね。私の魔法と相性いいからね。ふぁああぁ……ふぅ……」


大あくびをするアルティ。いつも元気そうな姿を見ていると、少し心配になってしまう。

「昨日、夜ふかしした? 何かあった?」


「ううん、ちょっとね。眠りすぎたというか……」


「羊に憑依した私に抱きついて、二度寝したんだよね〜」


「言わないで〜……。でも、あれは抗えないもふもふで……ふぁあぁぁ……」


「あはは……」


二人の惚気を聞きながら、皿に盛られた果物を口に運ぶ。見覚えのないものだったので、口の中でころころと転がしていると、やがて自然と消えていった。


(あ、新種だ)


「とりあえず、ミズクちゃんは薬学と植物学はマストだと思うの!」


唐突にモナが身を乗り出す。


「えっ、あ、うん。それは私も気になってた……。二人は取ってるの?」


「ううん」


「興味なくて……」


(取ってないのか……!)


とはいえ、取らない理由もないし、この二つは取るとして……。


「あ、でもでも! 一緒に行けるのも選ぼ! この魔法学Ⅲとか面白いよ〜!」


その後、モナに寄りかかって三度寝をかましているアルティを尻目に、授業を決めていった。植物学は午前中にあるようなので、二人とは別れて移動することにした。授業があるのは、学園の東の端っこらしい。私は周りをきょろきょろと見回しながら中央棟を通り抜け、噴水広場へ向かった。周りには、これから授業へ向かうのであろう生徒たちばかりだ。その中に、自分も学生として混ざって歩いている。そう思うと、なんだか胸の奥がむずむずするような、不思議な気持ちになった。

とにかく東の方と言われたので、中央棟を背に、不安を抱えながら歩いていると、ローブが何かに引っかかったように止まり、首が締まった。


「ぐぇ」


何事かと思って後ろを向くと、私より少し背の低い黒髪の少女が、ローブの裾を踏んづけていた。


(げ……)


「昨日はよくもやってくれたな! さあ、お縄につけ!」


彼女は犬歯をむき出しにして、手錠を指に引っかけてくるくる回していた。


「……んん? お前、通信石をつけてないのか? 寮に忘れたか? 罰則だぞ、罰則!」


「な、なにそれ……」


「これだこれ! 知らないは通らないぞ!」


彼女は髪を持ち上げて、右耳を見せてくれた。そこには赤い石のイヤリングがぶら下がっている。そういえば、アルティたちも着けていた気がする。レイは、私の顔に「何も分かってません」とでも書いてあったのか、怪訝な顔でこちらを見る。


「お前、ほんとに知らないのか……? 説明されてないのか……?」


「うん……」


「何やってるんだ、どいつもこいつも……」


彼女は愚痴をこぼしながら内ポケットに手を入れ、同じようなイヤリングを一つ取り出して私に差し出した。


「ん、これをやる。ああ、気にするな。こういう時に渡すためのものだ」


「ありがとう……。……これ、どうやってつけるの?」


「ああ、もう、貸せ! ちょっと横向け。耳が見えないから……。……よし、いいぞ」


耳元で、ちゃりっと石が揺れるのが分かる。


「放送や通信があった時は、そのイヤリングの石から音が出るようになってる。緊急招集がかかることもあるから、着用は義務だ。まったく、生徒会も先生方も何してるんだ……」


思い返せば、先生たちは私が部屋を壊したせいでそれどころじゃなかったし、フェリシアたちもなんやかんや忙しくて、忘れていたのかもしれない。アルティとモナは……うん。考えるのをやめた。


「あ、そうだ……風紀委員長さん」


「レイだ。レイ風紀委員長様と呼べ」


「レイ風紀委員長。温室ってどこ……? 教えてほしいな……って」


「おまえ、これから授業なのか? でも、これから確保しようと……でも出席数も大事だし……」


腕を組んで、うんうんと悩んでいた。


(結構、話せば分かる子のような気がする)


「……しょうがないな。今回だけだからな! 次はおとなしく捕まれよ! こっちだ、こっち!」


レイに手首をつかまれ、早足で連れていかれる。それを見ていた別の生徒たちから、ひそひそと声が聞こえてきた。


「見て、初等部の子たちだー。かわいー♪」


「おい。あの制服と腕章、風紀委員だぞ……」


「あ、じゃあ風紀委員が連れてるのかな? どっちにしてもかわいい~」


さすがに恥ずかしくなって、ローブのフードを被る。レイは耳を赤くしながらも、堂々と私の手首をつかんだまま歩いていく。大きな門をくぐると、右手に初等部棟と思しき建物が見えた。そのまま少し歩くと、左手には木々が生い茂り、その間を縫うように道が続いている。

レイはそちらを指さして、


「温室はこの先だ。まっすぐ行けば迷うことはない。遅刻するなよ。次は捕まえるからな!」


と言ったあと、すたすたと行ってしまった。なんだか次も、捕まえずに許してくれそうな気がする。私

は、少し薄暗いその道をまっすぐ見つめた。


※


時は、ユグドラシル騒動までさかのぼります。あたし、ミルロ・フェイデンは、中央棟の三階から森のはるか向こうに突如として現れた巨大樹を確認しました。分厚い眼鏡越しに目を凝らし、さらに視界へ魔力を込めてみます。


「あーーーーーーーー!!!!!!!!! あれはどう見ても世界樹では!?!?!? うわあああああああ、すっげええええええ!!!!」


こうしてはいられません。私はすぐに森側の広場へ向かいました。少し前に緊急放送も流れていたので、そこにはほかの教師たちも集まっているはずです。どうせ私も呼ばれる気はしますが、そんなことはもうどうでもいい。好奇心はとっくに天元突破しています。もう、誰にも止められません。

調査隊に加わり、巨大樹のすぐ近くまで行くことができました。木陰まで来ると、あたしは葉や枝を観察し始めます。葉は広葉樹で、枝はほどよく滑らかに見えました。南の島で似たような葉を見たことがありますが、手元に資料がないので確認できません。スケッチを続けていると、ポート先生が怪我をして戻ってきました。




「ぽ、ポート先生! どうなされたのですか!? 今回復を……」


「ああ、すまない。これから前衛基地まで全速力で戻らなきゃならない! 手早く頼む……!」


「わかりました……!」


あたしはエルフ族に伝わる薬草を傷口に当て、魔法を使います。植物魔法の応用で、薬草に含まれる薬効を抽出して扱うものです。深い傷もある程度ふさがり、痛みも和らいだと思います。


「あまり動かしすぎると、また傷が開くかもしれません。くれぐれもほどほどに」


「助かった! 先生もここを離れた方がいい! 戦場になるぞ!」


「ええっ!? た、戦えませんよ!?」


「だからだ! 衛兵! ミルロ先生を護衛してやってくれ。俺はもう行く!」


そう言い残し、ポート先生は風魔法を身にまとって、その場を飛び出していってしまいました。衛兵さんたちと歩くこと数時間。背後では戦闘音が鳴り響き、あたしには皆さんの無事を祈ることしかできませんでした。あたしも教師として、生徒のみんなを守らなければならない立場なのに……。でも、戦いが苦手なあたしが行ったところで、足手まといにしかなりません。皆さんを信じて、前衛基地でけが人を受け入れる準備をしなければ……。

そう思った矢先、巨大樹の方角から地響きがしました。あたしは近くの木へ駆け寄ると、ととっと幹を蹴って上へ登ります。


「ああっ!! あああ~~~~~!!!」


「どうなされました! ミルロさん!」


「巨大樹が!! 巨大樹が~~~~~!!!?」


大量の葉を散らしながら、みるみる枯れていく巨大樹を目の当たりにして、あたしは枝の上で泣きました。あれほどの巨大樹が、こんなにも一瞬で枯れるはずがありません。あたしは泣きながらも目を離さず、その様子を観察し続けます。


(出現した時も、いきなり現れた……。枯れる時も異常な速さ……。植物魔法……? でも、あの出力はばかげてます……)




あの騒動から後日、あの植物は仮称『ユグドラシル』を用いた、森の生態系の変化と魔力の流れを整えるためのダイヤモンド財団による実験だったと聞かされました。しかも、あれを生やしたのは十代の少女だというのです。さらに驚きました。あれほどの出力を発揮できるなんて、どう考えても人の域を超えています。


(その子を一度でいいから研究……いえ、お知り合いになりたい……)


それともう一つ驚いたのが、フォレストロアという貴族がユグドラシルの種を所有していたことです。もしかしたら、世界樹の枝なんかも持っていたり……。一本だけでもあれば、研究も進むというのに……。もどかしい。もどかしい……。

そんなことを考えながら、温室の手入れをしていました。もうすぐ授業の時間だというのに、やはり生徒は来てくれません。わかってますよ。植物学は専門性が高いし、基本は土いじりだし、汚れるし……。なにより、裏では今後の進路や職業にも広く関わる魔法法学の授業があります。そりゃあ、そっちを選びますよね……。


「おじゃましま~す……」


温室の扉が開き、申し訳なさそうな、か細い声が温室内に響きました。


(えっ! 生徒! 授業ができる! お給料もらえる!!)


私は剪定鋏を置いて、小走りで入口へ向かいました。


「あ、いらっしゃい! ……初等部?」


「ちがいますっ! 植物学ってここで合ってます……?」


そこにいたのは、身長百五十㎝にも満たない女の子。制服の上から、珍しくローブを羽織っています。長い黒髪に大きな眼鏡、眠たそうな目。なんだか、どことなくあたしと似た雰囲気を感じます。あ、歯が特徴的ですね……。ぎざぎざです。ついつい植物を見る時のようにその子を眺めていると、


「あの、先生?」


「あっ、ごめんなさい! すぐ観察を始めちゃうのが癖なんです……。ミルロといいます。植物学と薬学の先生をしています。この授業の生徒はあなただけです。なので助かりました……」


「えぇ……」


※


林の中の道を進んでいくと、目の前に大きなガラス張りの建物が現れた。内側にはツタがびっしりと張っていて、中の様子はよく見えない。この温室の隣が薬草園らしく、花壇にはさまざまな薬草が植えられているのが見える。私は恐る恐る、扉を開けた。


「おじゃましま~す……」


じめっとした空気が肌を包む。植物と土のにおいが濃く、昔行った密林の中を思い出した。温室の中には、さまざまな植物が所狭しと並んでいて、ここからでは奥の様子まで確認できなかった。ガラス張りの高い天井近くまでツル植物が這い、差し込む日差しを少し遮っている。植物の隙間を縫うように細い通路が何本も伸びていて、まるで迷路のような雰囲気を醸し出していた。奥の方から、ぽてぽてと地味な格好をした女性が、緑の髪を揺らしながら植物の隙間を縫ってやってきた。


(げ……エルフだ……)


横に長く尖った特徴的な耳が、髪の隙間から見える。旅の途中で出会った、ユグドラシルを住処にしていた種族だ。私がユグドラシルをかじろうとしたら弓を射ってきたり、石を投げてきたりで大変だった。三日三晩追いかけられて、応戦したのも覚えている。何を言っているのかも分からなかったし、怖い思い出しかない。


「いらっしゃい! ……初等部?」


(そんなに小さいかなあ!?)


「ちがいますっ! 植物学ってここで合ってます……?」


先生は少しばつが悪そうにしながらも、じーっとこちらを見つめてくる。まるで植物でも観察するような視線だ。私が知っているエルフとはずいぶん雰囲気が違う。だからといって、こっちから話しかけるのもちょっと怖い。それでも、さすがに長いこと見つめられすぎて、たまらず声をかけた。


「あの、先生?」


「あっ、ごめんなさい! すぐ観察を始めちゃうのが癖なんです……。ミルロといいます。植物学と薬学

の先生をしています。この授業の生徒はあなただけです。なので助かりました……」


「えぇ……」


不安だ……。でも、アルティたちも興味ないって言ってたし、あんまり人気がないのだろう。植物魔法を使う人も少ないのかな……。


「せっかくマンツーマンなんですし、のんびり授業しましょうね。こちらへどうぞ」

奥へ案内される。狭い通路を進み、植物を避けながら右へ左へと曲がっていくと、やがて開けた空間が現れた。ティーテーブルのような丸い机がいくつか並び、それぞれに椅子が四脚ずつ備えられている。そのさらに奥には黒板があった。


(ここで授業するんだ……)


確かに、温室なら実物の植物を見ながら授業ができるのはいい。でも、とにかく蒸し暑い。天井近くまで伸びたツルが日差しをいくらか遮っているとはいえ、湿った空気が肌にまとわりついてくる。長時間いるには、なかなかつらそうだ。


「あ、教科書取ってきますね! 座って待っててください!」


先生はそう言うと、またぽてぽてと植物の隙間を縫って、どこかへ行ってしまった。私は適当な席に座り、ローブを脱いだ。先生しかいないし、ブレザーも脱いじゃえ。ミアグラスプを出すための背中のスリットのおかげで、だいぶ涼しくなった。


「おまたせしました~。あ、楽な格好で大丈夫ですよ~。ここ、暑いですよね~。……あ、珍しい制服のデザインですね」


先生は本とエプロンを抱えて、後ろから戻ってきた。


「あ、私の魔法の都合でちょっと……」


「そういう方、多いですよね。亜人の生徒たちも、尻尾を出すための穴が開いていたりしますし。はい、

教科書とエプロンです」


先生はそれぞれを机の上に置いた。教科書は緑色の表紙をした分厚い本。エプロンは茶色く、少し厚手のものだった。さらに、それと一緒に手袋も用意してくれている。


「教科書は基本的に貸し出しなので、落書きはだめですよ? エプロンと手袋はそのまま持って帰ってもらって構いません。よく汚れるので、洗濯は各自でお願いしますね」


私は教科書をぱらぱらとめくってみる。


(うわ、かなり本格的……)


植物の解説から栽培方法、活用方法まで詳しく書かれていた。でも、どれも私にとっては知っている内容だ。


(これなら確かに楽できるかも……)


そう思っていると、先生が私の隣に腰を下ろした。


「改めまして、自己紹介を。私はミルロ・フェイデン。エルフという種族で、大陸の向こうから来ました。植物魔法を得意としていて、植物学と薬学、それから植物魔法の授業を担当しています。あなたは?」


「あ、えっと、ミズク・オウル・フォレストロアといいます。昨日入学したばかりで―――ふぎゃ!」


突然、先生に両手で顔をわしづかみにされた。


「フォレストロア!?」


「うぐぐ……」


先生は私の頭を両手でつかんだまま、興奮したように息を荒げている。ついにはよだれまで垂らし始めた。ちょっと怖い……。


「あなた、フォレストロアって、あの世界樹を成長させたっていう、あの!? うわ、本物!? やだ、

ほんとにちっちゃい!! どうやってやったの!? ちょっと調べさせて!?」


「あ、あの……! 放して……!」


たまらず、先生の肩をぐぐっと押し返そうとする。けれど、非力な私がいくら力を込めても、先生はびくともしない。


「あ、あら……ごめんなさい……。ちょっと興奮してしまいましたね……。ふへへ」


ちょっと?

さっきまであんなひどい顔をさらしておいて?

それは無理があるのではなかろうか……。

しばらくして、先生はようやく私の頭から手を離した。やっと解放された……。先生をじとーっと、ギザ歯をむき出しにして睨んでいると、先生は「こほん」と咳払いをして、居住まいを正した。


「えっと、授業の前に少しお話ししませんか? 先生、あなたともっと仲良くしたいなー……なんて……だめ?」


「………………いいですよ」


「よかった~~~!」


とはいえ、私が話せることは限られている。お兄ちゃんやフェリシアからもかなり念を押されているし、うっかり口を滑らせないよう気をつけないと。


「ミズクさん、あなたがあのユグドラシルを急成長させたって、本当? どうやってやったの?」

先生の表情はかなり真剣だ。私は少し考えてから、慎重に口を開く。


「はい。確かに、私がダイヤモンド財団に依頼されてやりました……。もともと、植物を成長させる魔法が得意で……」


「得意とか、そういったレベルではないですよ? あれほど巨大な植物を育てるのに、どれだけの魔力が必要か分かりますか?」


返答の途中で、さらに質問を重ねられた。


(えーと……)


「ええ。先生の疑問ももっともです……。実は口止めされているんですが、あれは私自身の魔力だけで育てたわけではありません」


「というと?」


「私の魔力で、大地を巡っている魔力に刺激を与えて……その流れを種へ向けたんです。昔から、土地の魔力の流れを読むのが得意でして……」


もちろん嘘だ。そんなことが本当にできるのかどうかすら分からない。


「…………そんなことが可能なの? 植物魔法というより、地属性魔法の応用……? でも、それなら魔力の流れをどうやって……ぶつぶつ……」


先生は顎に指を添え、そのまま考え込んでしまった。ここまでの受け答えも、フェリシアが考えてくれたものだ。きっと聞かれるだろうから、と。性格はあれだけど、こういう細かいところまで気にかけてくれるのは、さすがとしか言いようがない。


「それじゃあ……あの面接の時の騒動も?」


(うっ……それももう話が届いてるの……?)


「あ、あれは自前の魔力で……。植物魔法は得意なので、あれくらいならほかの人より少ない魔力で育てられます……はい……」


「そう……。植物魔法が得意なのは、本当のようね……」


(むしろ、それ以外使えないけどねー……)


「ある程度は理解しました。ごめんなさいね。では、授業に移りましょうか」


私は、ほっと息をつく。どうやら、ようやく納得してくれたらしい。さっきまでの真剣な表情は消え、先生は最初に見せていた和やかな笑顔を向けてくれた。


「それじゃあ、植物学の授業について説明しますね。この授業では、植物の仕組みや、魔力が植物に与える影響、それによって植物がどう変化していくのかを教えていきます。実際に植物を育てながら進めていきますね?」


急に話が難しくなった……。でも、何となく言っていることは理解できる。私もたくさんの植物を見て、食べて、知ってきた。頑張ってついていくぞ……!


「はいっ!」


「あ、とはいえ今日は説明だけですので、本格的な授業は来週からです。今日は温室と薬草園を案内しますね♪」


先生は立ち上がると、私の手を引いて歩き出した。その後、たっぷりと時間を使って、迷路のような温室と外の薬草園を案内してくれた。薬草園には細長い花壇がいくつも並び、それぞれ違う植物が植えられているらしい。中にはマンドラゴラのような危険な植物もあるため、許可された人以外は立ち入り禁止の区画もあるんだとか。温室も薬草園も基本的にはミルロ先生が一人で管理しているらしく、これからは授業の一環として、私にも一緒に手入れをしてほしいそうだ。


「そういえば、イグルさんはお元気ですか?」


「え? お兄ちゃ……兄ですか? ええ、元気ですが、心労が絶えないようで……」


「そうですか……領主も大変なんですね。イグルさんも、私の植物学や薬学の授業を受けてくださったんですよ?」


「そうなんですね……。だから薬づくりが得意なのか……」


「今でも作ってくださってるんですか?」


「胃薬ばっかですよ?」


「あ、あー……」


「へへ……」


思わず、二人そろって苦笑いした。説明を聞きながら案内してもらい、ちょうど温室へ戻ってきた頃、中央棟の鐘が低い音を響かせながら鳴った。


「あ、ちょうど終わりみたいですね。そうそう、薬学は今日の午後にもありますよ。植物学よりは人もいますので、ぜひいらしてくださいね。お疲れ様でした」


先生は温室の前まで見送ってくれて、にこやかに手を振った。私は浅く頭を下げ、温室をあとにした。林を抜けて大きな通りへ出たところで、耳元のイヤリングがかすかに震えた。直後、石から女の人の声が響く。


「生徒会長フェリシアですわ。庶務は今すぐ役員棟三階まで来ること。いいですわね!」


それだけ言うと、イヤリングはぷつりと静かになった。


(庶務って、私のことだよね……。うぅ、嫌な予感しかしない……)


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