第25話 霧の先
15層3日目の朝も、拠点の周囲に変化はなかった。
霧の濃さは昨日と変わらず、通路の先は10メートルほどで白く途切れていた。
蛭田が全体を集めた。
「今日は先の区画確認を優先する。群生帯の回収は昨日の手順で継続できるが、主軸ではない」
異論はなかった。
昨日の5区画で手順は成立している。
今日も同じ方法が使えるという前提が全体にあった。
「倉橋さん、壁への接触は」
「昨日は様子見だったので、今日は素材の判断も含めて確認します」
蛭田が頷いた。それで今日の確認は終わった。
◇
群生帯の端を通過した。
壁に5箇所の空白が並んでいた。
昨日取り出した区画の跡で、周囲の群生だけが残っていた。
今日は回収に入らず、そのまま通路の先へ進んだ。
曲がり角を越えた。
広さは昨日確認していた。
幅が開くこと、天井が高いこと、床が傾斜することは分かっていた。
それでも、実際に踏み込むと昨日とは少し違う感じがした。
1歩進むごとに、霧の動きが変わった。
通路では霧が壁沿いに流れていたが、ここでは違った。
壁に沿わず、空間の奥へ向かって動いていた。
まるで何かに吸い込まれていくような動きた。
悠真は足を止めた。
霧が奥へ向かっていた。
正確には、空間の奥の一点へ吸い込まれるように動いていた。
どこへ向かっているのかは、この位置からは見えなかった。
「霧の動きが変わっています」
「昨日も確認した。出口がある可能性と、引き込む何かがある可能性の2つを想定している」
「今日はどこまで入りますか」
「壁を確認してから判断する」
◇
床は緩やかに下っていた。
通路側では水平に近かったが、ここは奥へ向かうにつれてわずかに傾斜が続いていた。
視覚ではほとんど分からない角度だが、足の感覚には残った。
壁に近づいた。
色が違った。
通路の石は黄みがかっていて、光源を当てると粉状に光が散った。
ここの石は黄みが薄く、光を当てても当てた部分の周辺に広がらず、そこで止まった。
吸収している、という見え方だった。
手袋越しに触れた。
硬さは変わらなかった。ただ、表面の質感が違った。
通路の石はざらついていて、霧が薄く浮いている程度だった。
ここは、石が霧を引き寄せていた。
表面に貼り付いているのではなく、石の側に霧を集める何かがある感触だった。
手を離した。
「回収できそうですか」と蛭田が聞いた。
「まだ判断できないです。群生帯と同じ系統の可能性はあります。ただ、群生帯は結晶の構造体で、こっちは石そのものが霧を引いている。別の話かもしれないので、収納を試すのは条件が見えてからの方が確実だと思います」
蛭田が少し間を置いた。
「分かった。急がない」
◇
全体でゆっくりと奥へ進んだ。
霧の流れが少しずつはっきりしてきた。
空間全体に漂っているように見えるが、中央に向かうほど流れが早い。
壁際では薄く広がっているが、空間の中ほどを通る流れは一方向に向いていた。
悠真は正面を見た。
霧で先は見えなかった。
ただ、流れの向きは明確だった。
奥の一点に引かれている。
その点が何なのかは、この距離では分からなかった。
群生帯は霧があるから育つ素材だった。
霧が吸われているということは、向こうに霧を必要とする何かがある。
「今日はここで区切ります」と蛭田が全体を止めた。
「ルート確認してから戻る」
踵を返しながら、悠真はもう一度奥を見た。
霧の流れは続いていた。その先はまだ、霧の中にあった。
◇
翌朝、蛭田が全体を集めて言った。
「今日は奥まで入る。昨日の流れを追う」
昨日の帰り際、蛭田は地図に霧の流れの方向を書き入れていた。
記録を見ながら少し考えていたのを悠真は見ていた。
◇
曲がり角を越えて広い空間に入ると、霧の流れはすぐに分かった。
昨日と変わっていなかった。中央の流れが奥の一点へ向かっていた。
全体でゆっくりと進んだ。
傾斜はわずかに続いていた。
10メートル、15メートル。床の角度は変わらないまま、空間が続いた。
壁の色がさらに変わっていた。
最初に入ったところより黄みがない。
光源を向けると、石の表面が光を完全に飲んでいた。
散らばりがなかった。
霧の濃さが上がっていた。
通路では薄い霧だった。
曲がり角を越えた直後も同じ程度だったが、ここまで来ると違った。
空気に霧が混ざる密度が上がっていて、光源の輪郭が少しぼやけていた。
「濃くなっています」
「進むにつれて変わっていますね」と蛭田の隣にいた隊員が言った。
蛭田は前を向いたまま進んだ。
◇
先行2名が止まった。
「壁際に何かあります」
全体が止まり、悠真が前に出た。
壁の低い位置、床から1メートルほどのところだった。
石の割れ目があった。
幅は5センチ程度で、長さは1メートルほど縦に走っていた。
その割れ目から、霧が出ていた。
正確には、割れ目の内側から霧が染み出すように広がっていた。
壁の表面に出た霧は空間の中央へ向かって流れていった。
悠真はしゃがんで近くで見た。
割れ目の奥が光っていた。
光源の反射ではなかった。
奥の方から淡い光が来ていた。
黄みのある光で、通路の群生帯の結晶が光を散らす色に似ていた。
「群生帯と同じ色です」と悠真は言った。
「奥に群生帯があるということですか」
「群生帯というより、群生帯の元になっているものかもしれないです。通路の群生帯は壁面に育っているものですが、霧の流れを辿るとここへ来る。割れ目の奥から霧が出ている。この先に、霧を生んでいる何かがある可能性があります」
蛭田が割れ目を見た。
「中に入れますか」
「この割れ目には入れないですが、先へ進めばもっと大きな開口部がある可能性はあります。傾斜の先に空間があるかもしれない」
蛭田が立ち上がり、全体に告げた。
「奥を確認する」
◇
さらに20メートルほど進んだところで、全体が止まった。
壁が途切れていた。
右の壁に、縦2メートル・幅1メートルほどの開口部があった。
割れ目ではなく、石の境目が剥がれるように開いた形だった。
そこから霧が流れ出ていた。
悠真は開口部の前に立った。
中は暗かった。
光源を向けると、5メートルほど先に壁があった。
空間はそれほど広くなかったが、壁の全面に結晶が育っていた。
通路の群生帯とは密度が違った。
通路では壁の一面に帯状に育っていたが、ここは壁を覆うように広がっていた。
結晶の突起が重なり合い、その隙間から霧が絶え間なく染み出していた。
霧を生んでいた。
「ここが本命か」と蛭田が言った。
悠真は少し考えてから答えた。
「取るなら、雑には無理です。触れれば崩れる。結晶が崩れたら霧の条件が壊れて変質が始まる。通路の群生帯と同じか、それ以上に環境ごとまとめて切り分ける必要があります」
「倉橋さんなら取れますか」
「取れると思います。ただ、今日は位置と状態を押さえるだけにします。どういう単位で切り分けるかが見えてから入らないと、崩すだけになる」
蛭田が頷いた。
「明日、ここを優先して回収に入る」
開口部の前で、悠真はもう一度中を見た。
霧が壁の結晶から染み出し、開口部を通って広い空間へ流れ出していた。
通路の群生帯は、ここから来ていたのだと思った。
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