第九十九夜 ―― 因縁の反転と、浄化の雫 ――
第九十九夜 ―― 因縁の反転と、浄化の雫 ――
王宮の最奥、第一夜に二人が出会ったあの私室。
机の上には、一振りの鋭い短剣と、なみなみと注がれた「深紅の葡萄酒」が置かれている。
ザルカ王は、その杯をじっと見つめていた。かつて、彼はこの杯を使ってサフィアを脅し、彼女の命を弄ぼうとした。だが今、その杯を前にしている彼の瞳には、傲慢な愉悦などは微塵もなかった。
「……サフィア。今夜は、お前が語るのではないのだな。余が、この杯に答えを出さねばならぬ夜なのだな」
サフィアは、第一夜と同じ場所に立ち、静かに、だが透徹した声で語り始めた。
◆ サフィアの問い 第九十九夜 ――「毒杯の真実と、王の審判」
王様。覚えておいでですか。九十九夜前、あなたは私にこう仰いました。
『余を満足させられぬ物語を語ったその時、お前はこの毒杯を飲み干し、死をもって余を愉しませよ』と。
私は、死の影に怯えながら、あるいはあなたの孤独に寄り添いながら、九十九の夜を紡いできました。
今、あなたの前にあるこの葡萄酒は、あなたが最初に私に飲ませようとした、あの「猜疑心」と「憎しみ」の毒そのものです。
王様。あなたは、この毒をどうなさいますか?
かつてのあなたのように、誰かに飲ませて、その苦しみを笑いますか?
それとも、この百夜に近い旅を経て辿り着いた『新しいあなた』として、この因縁を終わらせる術をお持ちですか?
サフィアは語り終え、一歩退いて、王の決断を待った。
ザルカは、ゆっくりと手を伸ばし、銀の杯を手に取った。
杯の中の深紅の液体が、揺れている。それは、彼が殺した人々の血に見え、彼が愛した娘たちの涙に見えた。
「……サフィア。余は、この毒を誰にも飲ませはせぬ。そして、この毒に怯えることも、もうない」
王は杯を高く掲げ、月光に透かした。
「……余が、飲み干そう。この九十九夜の間に、お前が余の心に注いでくれた『慈悲』という名の薬が、この毒を打ち消してくれると信じている。……いや、例え死に至る毒であろうとも、余は喜んでこれを受け入れる。それが、余の犯した罪への、せめてもの償いとなるのなら」
ザルカは、一切の躊躇なく、その葡萄酒を一気に飲み干した。
喉を通り、腹の奥へと落ちていく。
毒による苦悶はない。ただ、熱い塊が胸を突き上げ、これまでの九十九夜のすべての記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
王は杯を机に置くと、穏やかに息を吐いた。
「……毒は消えたぞ、サフィア。余の心の中にあった、人を疑い、憎むという名の毒杯は、今、お前の物語によって空になった。……残るは、あと一夜。……余の、そしてお前の、真の夜明けだ」
夜の帳が、過去の呪縛を解き放つように、清らかに、そして誇り高く降りてきた。




