第百夜 ―― 最後の晩餐と、祝祭の夜明け ――
第百夜 ―― 最後の晩餐と、祝祭の夜明け ――
夜明け前の、最も深い闇。
王宮のテラスには、小さな火にかけられた鍋から、スパイスの芳醇な香りが立ち昇っている。
ザルカ王は、サフィアが語り終えた「十字架の男」の最期を反芻するように、長く、深い沈黙の中にいた。
男は嘲笑われ、槍で突かれ、渇きに苦しみながらも、自分を殺す者たちのために祈ったという。
「……サフィア。その男は、死をもって、人々の心にある『毒』をすべて吸い取ったのだな。……余が昨日飲み干したあの杯のように」
サフィアは何も答えず、温かなダルカレーを深皿に盛り、焼き立てのナンを添えて王の前に置いた。そして、濁りのない葡萄酒を二つの杯に満たした。
◆ 最後の晩餐 第百夜 ――「ダルカレーと、王の微笑」
王は、手でナンをちぎり、豆の形が残る黄金色のカレーを掬った。
口に運ぶ。
スパイスの刺激、豆の優しい甘み、そしてナンの香ばしさが、王の五感に染み渡る。
それは、贅を尽くしたこれまでのどの料理とも違った。
この百夜の間、サフィアが語り続けた「慈悲」「赦し」「愛」「勇気」……そのすべてが、この一皿の中に溶け込んでいるような気がした。
王は次に、葡萄酒の杯を手に取った。
かつては死の象徴だったその液体が、今は朝露のように清らかに喉を潤す。
ザルカは、窓の外に広がる、白み始めた東の空を見つめた。
そこには、彼が治めるべき広大な大地が広がっている。
飢えた者、迷う者、そして彼と同じように罪に震える者が住む、愛おしき世界。
「……うまい。」
王の口から漏れたその一言は、たった三文字でありながら、百夜の物語すべてを肯定する、重く、温かな響きを持っていた。
そして、ザルカは人生で初めて、子供のような純粋な微笑みを浮かべた。
「サフィア。……お前を殺す理由は、もうどこにもない。いや、お前がいなくては、余はこの国の新しい物語を書き始めることさえできぬ。……サフィア。余の王妃になれ。この国を、誰もが『うまい』と笑い合える、巨大な食卓へと変えていこう」
水平線から、眩いばかりの太陽が姿を現した。
毒杯の物語は、今、祝杯の物語へと塗り替えられた。
百夜の終わりは、希望に満ちた第一夜の始まりを告げる鐘の音となった。




