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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第九十八夜 ―― 白紙の頁と、未だ語られぬ物語 ――

第九十八夜 ―― 白紙の頁と、未だ語られぬ物語 ――


 王宮の書庫。今夜、二人の間に広げられたのは、古ぼけた羊皮紙ではなく、一点の汚れもない真っ白な「新しい紙」だった。

 ザルカ王は、その白さに目を細め、震える指で紙の端に触れた。

「……サフィア。今夜は何を語るのだ。この紙には、文字一つ、絵一つ描かれていない。お前は、この何もない虚無から、また新しい魔法を紡ぎ出すというのか」

 サフィアは、羽ペンをそっと王の手に握らせ、第九十八夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第九十八夜 ――「未完の物語と、王の筆」

 王様。私はこれまで、砂漠の巡礼者、戦場の兵士、そして罪を背負った聖者たちの物語を語ってきました。それらはすべて、誰かが生きた証であり、既に結末の決まった「過去」の遺産です。

 しかし……。

 サフィアは王の瞳を真っ直ぐに見つめ、声を落とした。

「……王様。最後の物語は、まだ語られておりません。いえ、私には語ることができないのです。なぜなら、その物語の主人公はあなたであり、その結末を決めるのは、これからのあなたの『生き方』そのものだからですわ」

 この白紙には、明日あなたが民に配るパンの味が書かれます。

 この白紙には、あなたがかつての敵と結ぶ、新しい平和の条約が書かれます。

 そして、この白紙には……。

 サフィアは微かに頬を染め、だが力強く続けた。

「……孤独だった一人の王が、愛を知り、守るべき人のために筆を執る、その『続き』が書かれるのです。この物語は、百夜で終わるものではありません。千夜、万夜と、この国が続く限り書き継がれていく、終わりのない希望の物語なのです」

 サフィアは語り終え、王の手に添えた自らの手を、ゆっくりと離した。

 王は、白紙の頁を食い入るように見つめていた。そこにはまだ何も書かれていないはずなのに、彼の目には、再建される街、笑い合う民、そして……サフィアと共に歩む、光に満ちた道筋が見えているようだった。

「……未だ語られぬ物語、か。サフィア、余は今まで、物語とは『終わったこと』だと思っていた。だが、そうではないのだな。物語とは、今、この瞬間から創り出すものなのだ」

 ザルカは、羽ペンを握る手に力を込めた。

「……この白紙を、余の命の限り、美しき言葉と慈悲の行いで埋め尽くしてみせよう。サフィア、お前が隣で、その続きを読み続けてくれるのなら」

 夜の帳が、新しい歴史の幕開けを静かに祝福するように、清々しく、そしてどこまでも広く降りてきた。

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