第九十七夜 ―― 沈黙の晩餐と、穏やかなる波 ――
第九十七夜 ―― 沈黙の晩餐と、穏やかなる波 ――
王宮の円卓。今夜、そこにはサフィアの語りも、王の怒声も、後悔の啜り泣きもなかった。
窓から差し込む月光は、荒れ狂った昨夜とは打って変わり、凪いだ海のように穏やかだ。
二人の前には、湯気を立てる素朴な煮込み料理が置かれている。
ザルカ王は、ゆっくりと匙を動かした。カチリ、と銀の匙が皿に当たる音だけが、聖堂のような静寂の中に響く。
◆ 沈黙の対話 第九十七夜 ――「言葉を超えた食卓」
サフィアは何も語らない。ただ、王が一口運ぶごとに、自らも同じように一口運ぶ。
かつて、王はこの沈黙を「暗殺者の隙」だと思い、恐れていた。
だが今は、この沈黙こそが、世界で最も芳醇な物語であると感じている。
咀嚼する音。飲み込む音。
二人の鼓動が、静かな部屋の中で重なり合っていく。
王の顔から、あの鉄のような険しさが消えていた。眉間の皺は解け、目は深い湖のように落ち着いている。
彼は笑わない。しかし、その表情は、長い戦いを終えた戦士が、ようやく辿り着いた故郷の寝床を見つめるような、言いようのない慈愛に満ちていた。
サフィアは、王の穏やかな横顔を盗み見た。
(ああ……王様。あなたは今、ようやく「ご自分」を食べておいでですわね。誰かを傷つけた過去も、愛された記憶も、すべてを血肉に変えて……)
王は皿が空になると、静かに匙を置いた。
そしてサフィアの目を見つめ、声に出さず、ただ口の動きだけで「……うまいな」と伝えた。
サフィアは、それに応えるように、深く、優しく微笑んだ。
夜の帳が、満ち足りた二人の時間を守るように、どこまでも静かに、そして暖かく降りてきた。




