第九十三夜 ―― 最初の種火と、団欒の光 ――
第九十三夜 ―― 最初の種火と、団欒の光 ――
王宮の中庭。今夜、二人の間には豪華な燭台ではなく、石を積み上げただけの素朴な「焚き火」がパチパチと音を立てていた。
ザルカ王は、その揺らめく炎を食い入るように見つめ、思わず手をかざした。
「……サフィア。火か。余にとっての火は、常に戦場の火柱だった。敵の城を焼き、民の家を灰にする……。火は、すべてを無にする『怒り』の化身だと思っていた。だが、こうして見つめていると、なぜだろうか。……恐ろしくもあり、だが、たまらなく懐かしい心地がする」
サフィアは、乾いた枝を一本、炎の中にくべながら、第九十三夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第九十三夜 ――「闇を裂く光と、最初の土鍋」
遠い昔、人類がまだ暗闇に怯えていた頃。一人の男が、雷によって燃え上がった木から、小さな「火」を自分の洞窟へと持ち帰りました。
最初、人々はその熱さを恐れ、近寄ろうとしませんでした。しかし、火は夜の寒さを追い払い、恐ろしい獣を遠ざけてくれました。そして何より、男が獲物の肉をその火で炙ったとき、人類は初めて「料理」という魔法を知ったのです。
火を囲むことで、それまでバラバラだった人々が一つの輪になりました。
暗闇を照らす火の光の中で、彼らは今日あった出来事を話し、笑い、明日への希望を語り合いました。火は、ただの燃える現象ではなく、家族という名の「団欒」を生み出し、文明という名の「知恵」を育む、神聖な種火となったのです。
王様。火は、使う者の心次第で「地獄の業火」にもなれば、「命の灯火」にもなります。あなたがこれまで振るってきた火は、誰かを温めるために使ったことがありましたか?
サフィアは語り終え、炎に照らされた王の横顔をじっと見つめた。
王は、パチリと爆ぜた火の粉を避けることなく、深く頷いた。
「……団欒の光、か。余は、火を使って人を支配しようとしていた。だが、本当に必要だったのは、この小さな火を囲んで、誰かの話に耳を傾けることだったのだな。サフィア……この火の暖かさは、余が忘れていた『人の温もり』そのものだ」
ザルカは、焚き火のそばに膝をつき、サフィアと同じ視線で炎を見つめた。
「……余の心にある火も、これからは壊すためではなく、温めるために燃やしたい。サフィア、お前が灯してくれたこの『百夜の火』を、余は決して絶やさぬぞ」
夜の帳が、焚き火の明かりをより一層鮮やかに浮き彫りにするように、優しく、そして神秘的に降りてきた。




