第九十一夜 ―― ゲッセマネの苦味と、癒やしの毒 ――
第九十一夜 ―― ゲッセマネの苦味と、癒やしの毒 ――
王宮の庭園。夜の静寂の中に、野に咲く「薬草」の、鼻を突くような強い香りが漂っている。
ザルカ王は、サフィアが差し出した黒い液体の満ちた杯を覗き込み、顔を歪めた。
「……サフィア。これは何だ。泥を煮出したような色、そしてこの耐え難い苦味。お前は余を癒やすと言いながら、毒を飲ませようというのか。余は王だぞ、こんな不快なものを飲み干さねばならぬ理由があるのか」
サフィアは、自らも一滴その液を指に浸し、舌に乗せてから、第九十一夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第九十一夜 ――「月夜の祈りと、苦き杯」
ある月明かりの夜、一人の聖者がオリーブの山にある園へと向かいました。彼はこれから自分を待ち受ける、あまりにも過酷な運命……裏切り、嘲笑、そして死という、世界で最も「苦い薬」を飲み干さねばならないことを知っていました。
彼は血のような汗を流し、天を仰いで叫びました。
『……もしできることなら、この苦い杯を、私の前から過ぎ去らせてください』
しかし、彼は逃げませんでした。その苦味こそが、人々の罪という深い病を治すための唯一の処方箋であることを知っていたからです。彼は震える手でその杯を取り、最後の一滴まで飲み干しました。
薬草の苦味は、ただ不快なだけではありません。それは、溜まりに溜まった毒を外へ押し出し、死にかけていた感覚を呼び覚ます「再生の叫び」なのです。
王様。甘い蜜は病を隠しますが、苦い薬草は病を暴きます。あなたが今感じているその苦味は、あなたの魂が「まだ生きている」という証。反省という名の苦い薬を飲み干してこそ、真の癒やしは始まるのですわ。
サフィアは語り終え、王の持つ杯をじっと見つめた。
王は、逃げ出したいような衝動を抑え、杯を強く握りしめた。
「……反省という名の、苦い薬か。サフィア、余は今まで、自分の過ちを甘い言い訳で塗り潰してきた。だが、お前は余に、その汚泥をすべて飲み干せと言うのだな。……あの聖者のように、逃げずに」
ザルカは、意を決してその黒い液体を一気に飲み干した。
舌を刺し、喉を焼き、胃がひっくり返るような苦味が全身を駆け巡る。しかし、その直後、王の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……苦い。あまりに苦くて、胸が痛い。だが、不思議だ……。この苦味が、余の濁った頭を冷やし、失っていた『痛み』の感覚を思い出させてくれる。……余は、自分がどれほど多くの人を、この苦しみの中に突き落としてきたか、今ようやく分かった気がするぞ」
夜の帳が、王の静かなざんげを吸い込むように、深く、そして潔く降りてきた。




