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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第九十夜 ―― 泥濘のスープと、剣を置く席 ――

第九十夜 ―― 泥濘のスープと、剣を置く席 ――


 王宮の広間。窓の外では、遠くで雷鳴が轟き、嵐の予感が漂っている。

 ザルカ王は、剥き出しの「剣」を机に置き、その鋭い刃を見つめていた。

「……サフィア。赦し、か。余は、裏切った者を決して許さなかった。裏切られる前に殺し、疑わしきは根絶やしにしてきた。だが、お前は言うのだな。敵と同じ食卓を囲むことが、剣を振るうよりも強いのだと。……そんなことが、本当に可能なのか」

 サフィアは、立ち上る湯気が目に見えるような、温かな「木のお椀」を王の前に差し出し、第九十夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第九十夜 ――「戦場の晩餐と、十二人の影」

 それは、泥濘(泥沼)と化した激しい戦場の最中のことでした。

 ある夜、激しい嵐が吹き荒れ、敵味方の兵士たちが互いを見失い、一軒の廃屋へと逃げ込みました。そこには、クナ王国の兵士と、クヌの抵抗軍の兵士、合わせて十二人の男たちが、暗闇の中で互いに剣を突きつけ合っていました。

 殺気だった沈黙を破ったのは、一人の老兵でした。彼は背負っていた小さな鍋を取り出し、雨水を溜めて火を熾しました。

『……どうせ明日の朝には殺し合う仲だ。だが、この冷えた身体では満足に剣も振れまい。これに入れられるものがある者は、ここへ出せ』

 一人が干し肉を投げ入れ、一人がしなびた玉ねぎを差し出し、また一人が一掴みの塩を加えました。

 やがて、香ばしいスープが炊き上がりました。十二人の男たちは、一列に座り、一つの鍋から順番にスープを啜りました。

 その時、彼らの間から「敵」という言葉は消えていました。彼らが見たのは、自分と同じように泥に汚れ、家族を思い、飢えに震える「一人の人間」の姿だったのです。

 その夜の晩餐は、彼らにとっての『最後の晩餐』となるかもしれぬ、聖なる共有の時間でした。夜明けと共に彼らは別れましたが、不思議なことに、その日の戦場で、彼らが互いの胸を突くことは二度となかったと言います。

 サフィアは語り終え、王の置いた剣を、そっと横へ退けた。

「王様。食卓を囲むということは、己の無防備を晒し、相手の存在を認めるということです。……どんなに鋭い剣も、同じ温もりを分かち合った記憶を断ち切ることはできませんわ」

 ザルカは、差し出されたお椀を両手で包み込んだ。その温もりが、冷え切った王の指先を解かしていく。

「……食卓は剣より強い、か。サフィア、余は今まで、裏切り者を排除することでしか玉座を守れぬと思っていた。だが、余が本当にすべきだったのは、彼らと共にスープを啜り、彼らの飢えを知ることだったのかもしれぬな」

 王はスープを一口、ゆっくりと飲み込んだ。

「……この味を、あの時、毒を盛った男にも飲ませてやりたかった。……いや、今からでも遅くはないのか。余の国に、誰もが隣人を恐れずに座れる『赦しの食卓』を作らねばならぬ」

 夜の帳が、嵐の後の静けさを運んでくるように、穏やかに、そして深く降りてきた。

 王宮の広間。窓の外では、遠くで雷鳴が轟き、嵐の予感が漂っている。

 ザルカ王は、剥き出しの「剣」を机に置き、その鋭い刃を見つめていた。

「……サフィア。赦し、か。余は、裏切った者を決して許さなかった。裏切られる前に殺し、疑わしきは根絶やしにしてきた。だが、お前は言うのだな。敵と同じ食卓を囲むことが、剣を振るうよりも強いのだと。……そんなことが、本当に可能なのか」

 サフィアは、立ち上る湯気が目に見えるような、温かな「木のお椀」を王の前に差し出し、第九十夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第九十夜 ――「戦場の晩餐と、十二人の影」

 それは、泥濘(泥沼)と化した激しい戦場の最中のことでした。

 ある夜、激しい嵐が吹き荒れ、敵味方の兵士たちが互いを見失い、一軒の廃屋へと逃げ込みました。そこには、クナ王国の兵士と、クヌの抵抗軍の兵士、合わせて十二人の男たちが、暗闇の中で互いに剣を突きつけ合っていました。

 殺気だった沈黙を破ったのは、一人の老兵でした。彼は背負っていた小さな鍋を取り出し、雨水を溜めて火を熾しました。

『……どうせ明日の朝には殺し合う仲だ。だが、この冷えた身体では満足に剣も振れまい。これに入れられるものがある者は、ここへ出せ』

 一人が干し肉を投げ入れ、一人がしなびた玉ねぎを差し出し、また一人が一掴みの塩を加えました。

 やがて、香ばしいスープが炊き上がりました。十二人の男たちは、一列に座り、一つの鍋から順番にスープを啜りました。

 その時、彼らの間から「敵」という言葉は消えていました。彼らが見たのは、自分と同じように泥に汚れ、家族を思い、飢えに震える「一人の人間」の姿だったのです。

 その夜の晩餐は、彼らにとっての『最後の晩餐』となるかもしれぬ、聖なる共有の時間でした。夜明けと共に彼らは別れましたが、不思議なことに、その日の戦場で、彼らが互いの胸を突くことは二度となかったと言います。

 サフィアは語り終え、王の置いた剣を、そっと横へ退けた。

「王様。食卓を囲むということは、己の無防備を晒し、相手の存在を認めるということです。……どんなに鋭い剣も、同じ温もりを分かち合った記憶を断ち切ることはできませんわ」

 ザルカは、差し出されたお椀を両手で包み込んだ。その温もりが、冷え切った王の指先を解かしていく。

「……食卓は剣より強い、か。サフィア、余は今まで、裏切り者を排除することでしか玉座を守れぬと思っていた。だが、余が本当にすべきだったのは、彼らと共にスープを啜り、彼らの飢えを知ることだったのかもしれぬな」

 王はスープを一口、ゆっくりと飲み込んだ。

「……この味を、あの時、毒を盛った男にも飲ませてやりたかった。……いや、今からでも遅くはないのか。余の国に、誰もが隣人を恐れずに座れる『赦しの食卓』を作らねばならぬ」

 夜の帳が、嵐の後の静けさを運んでくるように、穏やかに、そして深く降りてきた。

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