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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第八十五夜 ―― 砂塵の慈悲と、一切れの重み ――

第八十五夜 ―― 砂塵の慈悲と、一切れの重み ――


 王宮の食卓。今夜、並べられたのは銀の皿に乗った、何の飾り気もない無愛想な「麦のパン」が一つだけだった。

 ザルカ王は、その固く焼かれた表面を指でなぞり、怪訝そうに呟いた。

「……サフィア。今夜は随分と質素だな。余の料理人たちが職務を放棄したのか? それとも、これもまたお前の企みか。たかがパン一つで、この王の飢えが満たせるとでも思うのか」

 サフィアは、香炉から立ち昇る「麦を焼く香ばしい煙」を王へと送り、第八十五夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第八十五夜 ――「荒野の巡礼者と、命の分配」

 灼熱の太陽がすべてを焼き尽くす、果てしない砂漠がありました。そこを一団の巡礼者たちが歩いていました。彼らは数日間、一滴の水も一口の食べ物も口にできず、もはや砂の上に倒れ伏すのを待つばかりでした。

 その時、一人の老人が、ボロ布に包まれていた最後の一切れのパンを取り出しました。

『……これでおしまいだ。だが、一人で食べれば一人の命が少し延びるだけ。皆で分ければ、皆で明日への希望を語り合える』

 老人は、その小さなパンを丁寧に、人数分にちぎり分けました。それは、一人分にすれば爪の先ほどの大きさしかありません。しかし、そのパンを口に含んだ瞬間、巡礼者たちは不思議な感覚に包まれました。

 乾いた喉を通り、胃に落ちた一切れが、まるで極上の晩餐を食べたかのように、彼らの全身に熱い血を巡らせたのです。彼らはその夜、互いの肩を支え合い、砂漠を越える力を得ました。

 奇跡を起こしたのはパンの量ではなく、「分かち合う」という行為そのものが放つ、魂の輝きだったのです。

 サフィアは語り終え、王の前のパンを二つに割り、半分を自らの口に運んだ。

「王様。満たされている時には見えないものが、欠乏の中にこそ現れることがありますの。……世界で最も美味しい料理は、空腹の時に、愛する者と共に食べる一切れのパンに勝ることはありませんわ」

 ザルカは、残された半分のパンを手に取った。ずっしりと重い。

「……パンの意味、か。サフィア、余は今まで何千、何万という山海の珍味を喉に通してきた。だが、それを誰かと『分かち合おう』と考えたことは一度もなかった。……余は、王宮にいながら、あの砂漠の巡礼者たちよりも飢えていたのかもしれぬな」

 王はパンを一口、ゆっくりと噛み締めた。

 それは無骨で、少し苦い味がしたが、これまでのどんな美食よりも深く、彼の心に染み渡っていった。

「サフィア。このパンの味を、余は生涯忘れぬだろう。……次は、この喉を潤す『血』の物語を聞かせてくれ」

 夜の帳が、静かな反省を包み込むように、優しく、そして厳かに降りてきた。

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