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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第八十夜 ―― 鏡の破片と、最果ての宮殿 ――

第八十夜 ―― 鏡の破片と、最果ての宮殿 ――


王宮の中庭。冷たい夜気が、彫刻の表面を薄い氷で覆っている。

 ザルカ王は、手にした小さな鏡を見つめ、ふと眉を寄せた。

「……サフィア。悪魔の鏡の破片か。それが目に入れば美しいものが醜く見え、心に刺されば情熱が凍りつくというのか。……余の目にも、かつてはそのような破片が刺さっていたのかもしれぬな。民の笑顔が、自分を欺く仮面に見えていた時期があった」

 サフィアは、掌に乗せた「一片の雪」を見つめ、第八十夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第八十夜 ――「氷の接吻と、薔薇の記憶」

 ある雪深い土地に、窓辺の薔薇を育てながら仲良く暮らす少年と少女がおりました。しかしある日、空で砕けた悪魔の鏡の破片が少年の目と心臓に刺さり、彼の優しさは消え失せ、冷酷な言葉を吐くようになりました。

 吹雪の日、一人でソリ遊びをしていた少年は、現れた「雪の女王」の冷たい接吻を受け、そのまま北の果てへと連れ去られてしまったのです。

 春になり、少女は少年を探す旅に出ました。

 太陽に問い、川に靴を捧げ、動物たちの声に耳を傾けました。途中で立ち寄った魔女の花園では、あまりの居心地の良さに旅の目的を忘れさせられそうになりましたが、庭に咲く一輪の「薔薇」が少年の面影を呼び覚ましました。

『……私は、あの子を連れ戻さなくてはならないの』

 少女の決意は、出会う人々の心を動かしました。

 王子と王女から贈られた黄金の馬車、そして彼女を襲った山賊の娘さえも、少女の純粋な瞳に触れて剣を収めました。

『……北へ行ったわ。トナカイに乗って行きなさい』

 山賊の娘が解き放ったトナカイの背に揺られ、少女はついに、オーロラが揺らめく雪の女王の宮殿へと辿り着いたのです。

 宮殿の中央で、少年は氷のパズルを組み合わせて「永遠」という文字を作ろうとしていました。しかし、彼の心は凍りつき、目の前の少女が誰であるかも分かりません。

 少女は少年にしがみつき、熱い涙を流しました。その涙が少年の胸に落ちた瞬間、氷の心臓は溶け、刺さっていた破片が流れ出しました。

『……ああ、どこへ行っていたんだい? 随分と寒いじゃないか』

 二人は手を取り合い、再び薔薇の咲く故郷へと歩み始めました。

 彼らが村に着いた時、二人は自分たちがいつの間にか「大人」になっていたことに気づきましたが、その心だけは、あの子供の頃の純粋さを失ってはいませんでした。

 サフィアは語り終え、王の手に触れた。その手は、物語を聞く前よりもずっと温かくなっていました。

「王様。雪の女王の魔法を解いたのは、魔法使いの杖ではなく、一滴の『涙』でした。……世界を冷たく突き放す知性よりも、共に痛みを感じる心こそが、真の奇跡を起こすのですわ」

 ザルカは、鏡をそっと置き、中庭に咲く冬の薔薇を見つめた。

「……永遠、か。少年が氷で綴ろうとしたその文字は、権力で掴むものではなく、誰かを想い続ける歳月の中にこそ宿るのだな。サフィア、余の心からも、今、最後の一片の氷が溶け出したような気がするぞ」

 夜の帳が、春を待つ土のように、優しく、そして深く降りてきた。

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